ロシア初のジャグリング・フェスティバル開催

山村佑理さん=ウラジーミル・サポロのフ撮影

 2013年、冬。長い正月連休で退屈だった私は、子供の頃の夢を思い出し、インターネットの検索エンジンに面白半分で「ジャグリング教室」と入力してみた。2週間後には、不器用にも3つの玉のクラシック・カスケードをマスターし、さらに半年後にはジャグラーの友達に一本のビデオを見せてもらった。そのビデオには、大きな水晶玉を手や首の周りで転がしたり、シャボン玉のように自由自在に操っている「オコタンペ」という名前の、日本の若いコンタクト・ジャグラーが映っていた。ジャグリングの世界に夢中になっていた私は、そのわずか1年後にオコタンペさんを含む二人のジャグラーの下で直接ジャグリングを学ぶことになるとは、当時は思ってもみなかった。

 

オコタンペさんとの“再会” 

 2014年5月22日。モスクワ市内にあるゴーリキー公園に来た人々は、目の前で繰り広げられる不思議な光景に思わず立ち止まり、笑顔を浮かべ、カメラを手に取る。公園の中心にある噴水の前では、子供から大人まで、百人以上ものジャグラーが大きな輪を作り、色とりどりのボールやクラブ、リングなどを手に持ち、一斉にジャグリングを始める。これは、今年ロシアで初めて行われる、ロシアジャグリング大会(RussianJugglingConvention)の参加者たちだ。そして、その中には、今回スペシャル・ゲスト及び講師として日本から招かれた、コンタクト・ジャグリングのオコタンペさんと、トス・ジャグリングの山村佑理さんがいた。

 世界のジャグリング大会の種類は豊富で、世界一有名なヨーロッパジャグリング大会・EJCは1978年にイギリスに始まり、それ以来デンマークやドイツ、フランスなどで37年間にも渡って開催されてきた。また、日本でも1999年からジャパンジャグリングフェスティバル・JJFが実施されている。誰もが一度は耳にした「ボリショイ・サーカス」の母国であり、サーカス文化・曲芸文化が発達しているロシアで、このような大会がなぜ今になって始めて開かれたのだろうか。実際、ロシア訪問は今回が初めてのゲスト二人も、サーカスの伝統が非常に強いロシアに講師として呼ばれたことに、当初は非常に驚いていたそうだ。

アナスタシア・ロムテヴァ撮影

山村佑理さん「サーカスに独占された特殊な曲芸だった」 

 RJC主催者の一人、ナザロフ・セルゲイさんによると、ロシアでは最近になってようやく、大会を実施するに及ぶジャグラーの人数が揃ったのだそうだ。今回の大会には、サンクト・ペテルブルグ、エカテリンブルク、サラトフ、ノボシビルスクやチェボクサリなど、まさにロシア中から参加者が集まったが、モスクワはともかく、他の町では今でもジャグラーは非常に少数派である。

 独学で学んだコンタクト・ジャグリングを14年間以上も続け、シルク・ド・ソレイユにも認められたオコタンペさんと、10歳からジャグリングを始め、パフォーマンスやワークショップなどの活動を幅広く行っている山村佑理さんの周りには、興味津々の大会参加者が輪を作っていた。

 山村佑理さんは、名前の由来が「霧の中のハリネズミ」でお馴染みのアニメーション作家ユーリー・ノルシュテインから来ていることもあり、前からロシアとの繋がりを感じていたという。彼によると、ロシアのジャグリングの趣味としての発達が遅れているのは、ロシアの伝統的なサーカスと曲芸が、長年そのアーティストのみに独占されていた世界であり、一般市民から遠ざけられていたせいだ。確かに、日本では小学校の体育の授業で学ぶ一輪車も、ロシアで乗れる人はごくわずかだ。今回の大会にはそんな有数の人が集まり、楽しそうに一輪車ポロ大会を開いていた。

オコタンペさん=ウラジーミル・サポロのフ撮影

 「ロシアの曲芸の主な目的は長年にわたって、見る人を驚かせることだった。そこから、より多くのものをより早く、より危険に操る、ロシアの独特なジャグリングスタイルも生まれた。それが現代になって、誰もが日常的に気軽に楽しめる趣味への発達を始めたのだ」と話すのは、RJCの主催者であり、モスクワで有数のジャグリングスタジオ「ワイルド・プラネット」を持つ、ハチコ・アナスタシアさん。「技術と芸術が自然に調和する日本のジャグリングスタイルには実に魅了される」と、彼女は日本人ゲストの絶妙なパフォーマンスを見ながらため息をつく。

 

醍醐味を“魅せて”くれた 

 ジャグリングの素晴らしいところは、どんなに機嫌が悪くても、やるだけで自然と笑顔が広がってしまうこと。「出来なくても、難しそうに見えても、とにかくやってみるのが大事。失敗を気にせず、何度も試してみて、あ、面白い!と思って欲しい。」と、オコタンペさんと佑理さんはワークショップの中で言い聞かせた。笑いながらも、いたって真剣に挑んだその授業は、参加者全員にとって貴重な経験となったのは確かだ。「長年、インターネットでしか見たことのなかった二人と実際に話ができて、大好きなジャグリングを教わることができるなんて、夢にも思っていなかった」と、二人のサインが書かれたボールを大事に抱きしめながら語るのは、今回サラトフから来たエレーナさん。

 日本のゲスト二人は、ジャグリングのワークショップを行ったほか、RJC枠内の様々なイベントに参加した。鳥肌が立った、真夜中のファイヤー・ショー。感動のあまり、会場の誰もが息を呑んだクロージング・コンサート。公園の芝生の上でのジャグリング・ゲーム。そして、その明るい心と磨き上げられた技で大会参加者たちの心を鷲掴みにしたのだった。

 今回の大会をきっかけに、ロシアのジャグリング・コミュニティーが広がり続けることを願いながら、5日間に渡って繰り広げられた第1回RJCは無事にその幕を閉じた。