霊能者ヴォリフ・メッシング

メッシングはロシアで真っ先に、戦争が近い将来起こることを予言。=レジネコフ撮影/ロシア通信

メッシングはロシアで真っ先に、戦争が近い将来起こることを予言。=レジネコフ撮影/ロシア通信

魔術師、催眠術師、読心術師であるヴォリフ・メッシング(1899~1974)の人物像は謎めいている。メッシングをヒトラーは恐れ、スターリンとベリヤは言うことを聞いたというが、これは未確認情報である。メッシングについてはさまざまな噂や伝説があり、それを事実と明確にわけるのはほぼ不可能だ。

キセル乗車で能力に目覚める 

 生まれたのはロシア帝国ワルシャワ県のユダヤ人居住地。両親は息子がラビになることを希望し、宗教学校に入学させた。だがメッシングは自分には合っていない、他の任務があると考え、学校を去ってしまう。切符代もないのに最初に到着した列車に乗り、切符確認係の椅子の下に隠れるが、結局係員に見つかって引きずり出されてしまう。切符を要求されたメッシングが古い新聞の切れ端を見せると、係員はパンチで穴を開け、こう言った。「ほらね、切符を持ってただろ」この時、人をコントロールすることができる、自分の意思にしたがわせることができると、初めて理解したのである。

 列車はベルリンに到着。当初は貧しく、皿を洗い、靴磨きをし、倒れるほどに飢えていた。その後サーカスに入団することができ、驚くような技を披露して、すぐに人気者になった。隠された物を見つけ、人の考えを読み取り、予言し、自分の意思に人をしたがわせた。アシスタントをつけることなく、すべて正直に遂行していたし、手品ではなく、本物の奇跡、洞察であった。

 サーカスはある時、ウィーンで公演。ジークムント・フロイトとアルベルト・アインシュタインがこの現象に関心を持った。実験のため、3人で合うと、メッシングはフロイトにこう言った。「願いごとをしたら、私がかなえます」。その後アインシュタインに近づき、ヒゲを3本抜いて「これを願いましたね?」と聞くと、フロイトは「そうだ」とうなずいた。

 メッシングは方々を旅行し、さまざまな人の関心を集め、マハトマ・ガンディー、マリリン・モンロー、ポーランドのユゼフ・ピウスツキ大統領もメッシングのもとを訪れた。

 

ヒトラーの懸賞金 

 ヒトラーが政権に就いた時、メッシングはポーランドに戻った。メッシングはワルシャワの劇場の一つで、こう予言をした。「ヒトラーが東に戦いを進めれば、死が彼を待っている」。これを伝え聞いたヒトラーは激怒。メッシングの首に20万ライヒスマルクの懸賞金をかけた。

 このようにしてメッシング狩りが始まり、ナチスがワルシャワを占拠した後、ゲシュタポが捕えた。メッシングは通りでパトロールに止められ、「おまえは誰だ」と聞かれると、「アーチストだ」と答えた。するとパトロールは「嘘だ。お前はメッシング。ユダヤの魔術師よ、こんにちは!ベルリンではお前を待っている」と言ってメッシングを殴った。気を失ったメッシングが気づいた時には、すでに相手の施設にいた。メッシングはゲシュタポの職員たちに対し、心の中で部屋に入るよう命令。わけもわからずしたがった彼らをそのまま閉じ込めた。そして通りに出ると、そのままソ連の国境に向けて走り出した。

 

スターリンの試験に合格 

 ソ連ではすでに知られた人物だった。スターリンはメッシングのために特別に飛行機を用意し、クレムリンに呼んだ。内務人民委員部の制服を着た人間が同行していた。スターリンはメッシングにこう聞いた。「あなたは何ができるのか。明日私の別荘に来るといい。通行証はいらないんだろう?」

 メッシングは言われた通り、いとも簡単にスターリンの別荘に到達。警備にはベリヤだと信じ込ませ、すべての廊下を通過した。

 次の課題は少し難しかった。スターリンは、国営銀行に行って、いかなる書類もなしに10万ルーブルを引き出せと命令。メッシングは指定日に中央銀行に行き、真っ白な紙を窓口に見せて、10万ルーブルを要求。そして窓口から受け取った10万ルーブルをカバンに入れ、そのままクレムリンに向かった。

 ミハイル・ブルガーコフがメッシングのことを知っていたか否か、はっきりとはわからないが、知っていた可能性が高い。長編小説「巨匠とマルガリータ」のヴォランドとメッシングの行動は、非常に類似しているからだ。

 メッシングはロシアで真っ先に、戦争が近い将来起こることを予言。1941年6月下旬に戦争が起こると言い、ソ連の戦車がベルリンに入る光景が見えると話した。

 スターリンとの関係は決して良くはなく、一般的に考えられているような、スターリン個人に仕えた魔術師ではなかった。メッシングは考えを読むことができたが、スターリン自身も側近の考えを知っていたし、自分の考えを入念に隠していたため、それを知り得る読心術師や超能力者をまったく必要としていなかった。2人が会ったのは数回程度。

 

スターリンの死を予言? 

 それでもメッシングはスターリンに対して影響力を持っていたため、スターリンは恐れていた。1953年3月、メッシングはスターリンの別荘を密かに訪れ、スターリンに「予言ができるようだが、自分がいつ死ぬか知っているか」と聞かれた。「同志スターリンの後です」と答え、「では私がいつ死ぬか知っているんだな」との問いに、「もうすぐです」と答えた。スターリンの目は恐怖で泳いだ。口を開け、呆然とし、そのままカーペットの上に倒れ込んだ。これは恐らく伝説だろう。

 メッシング自身は自分の魔術で救われることはなかった。晩年は重い病に苦しみ、死を恐れた。家から病院に運ばれる時、自分の肖像画を見ながらこう言った。「ヴォリフよ終わりだ。もうここへは戻って来まい」

 メッシングはこの世を去り、秘密は秘密のままとなってしまった。KGBのアーカイブには、いまだにメッシングに関する秘密の書類が保管されていると言われている。だがどの文書もその謎を説明することはできない。