アンナ・カレーニナみたいなおしゃれ

「アンナ・カレーニナ」、1948年=写真提供:Ralph Richardson / Legion Media

「アンナ・カレーニナ」、1948年=写真提供:Ralph Richardson / Legion Media

ロシア・スタイルと聞くと、トルストイの長編小説に登場する、上品な淑女をすぐに思い浮かべる。とりわけ存在感を放っているのがアンナ・カレーニナ。その優雅な装いは、1世紀半ほどが経過した今でもなお、多くの人をインスパイアしている。

 「アンナは、キティが切望した藤色のドレスではなく、上部を低くカットした黒ビロードのドレスを着て、古い象牙のように磨きのかかったふくよかな肩や胸や、小さな手首のほっそりした、まるみのある腕をあらわしていた」

 19世紀末の美の定義とは、現代のそれとは大きく異なる。女性らしく、ほぼティツィアーノ風で、体型の曲線を強調、時に大げさにしたスタイルとドレス が、おしゃれとされていた。これゆえに、アンナ・カレーニナを演じた女優の誰一人として、トルストイの女性の美の概念あるいは定義を具現化できなかったのである。

 

19世紀的な女性美 

 当時のおしゃれは、時間と労力を要した。「キティにしてみれば、舞踏会のための装いや、髪型、その他いっさいの準備は、たいへんな苦労と思案を要したのだが、それにもかかわらず、ピンクのアンダードレスに手のこんだチュール・レースをかさね、気どりのないのびのびした態度で舞踏会にのぞんだ彼女の今の姿を見ると、こういったリボンの花飾りや、レースや、衣装のこまごました部分のすべてに対して、彼女も家族も、まったく気を使わずにすんだかのようだった」

 バッスル(スカートの後部を美しくふくらませるための腰当)とトレーン、レースとパール、ウエストが強調されたコート、高さのある帽子は、女性貴族の必須ワードローブだった。「上品な派手さ」が流行し、大げさなドレープをつける代わりに背中のあきを抑えたり、スカートの裾を長くする代わりにボリュームを 抑えたりしていた。淑女が夢中になったのは、ボタンつきの手袋、ベールつきの帽子、宝飾職人の作品といった付属品。

 「ロケットをつるした黒いビロードの紐は、ひときわやさしく首を巻いていた。このビロードの紐は実にすばらしかった。家で、自分の首筋を鏡でながめながら、キティはこのビロードの紐が話しかけてくるのを感じたものだった。ほかのものにはどれも、まだ疑問の余地があったかもしれないが、このビロードだけはすばらしかった」

 

Englishwoman's Domestic Magazine雑誌

トルストイ風コレクション 

 この豪華さすべてに、少しの調整を加えれば、現代のファッションとして成り立つ。ロシアの有名なデザイナーであるイーゴリ・チャプリンは2008年、トルストイの傑作を独自に解釈。パリコレクションの2008~2009秋冬プレタポルテ・ショーでは、流れるようなシルク・ドレスとブラウス、ニット・オー バーオール、アライグマとギンギツネの毛皮のコート、オレンブルク・ショールからつくられたような魅惑的なタイツとグローブを身につけたモデルが登場した。これらすべてがチャプリンらしいシルエットと融合していた。

 スタンドカラーとそばのストリップに沿ったボタン、裾が長く、ボリュームでウエストが強調されたスカートのついた、洗練されていて高潔なドレス。これはカレーニナ時代の特徴だ。

 イーゴリ・チャプリンのコレクション=Getty Images/Fotobank撮影

原作のイメージに一番近いのは誰? 

 「アンナ・カレーニナ」の映画だけでも20作ほどある。ここに演劇を加えたら、作品数は著しく増えるだろう。グレタ・ガルボ、ヴィヴィアン・リー、ソフィー・マルソー、キーラ・ナイトレイ、マイヤ・プリセツカヤ、紺野まひるがアンナ・カレーニナを演じている。

 評論家がもっとも原作に近いと考えているのは、ソ連映画「アンナ・カレーニナ」(1967年)で主役を演じたタチヤナ・サモイロワ。当時の標準体型に比べてじゃっかんぽっちゃり気味の(トルストイはそうは考えないだろうが)サモイロワは、幸福に貪欲な女性が翻弄されていく姿を見事に演じている。衣裳係も尽力した。毛皮、レース、ベール、ふっくらとしたスカート、たくさんのホワイト、そして光。貴族やブルジョアの生活様式に疑問符がうたれていたソ連時代に、華やかさを抑えながらも、少額予算で19世紀末の本物の衣装を見事に再現した。

評論家がもっとも原作に近いと考えているのは、ソ連映画「アンナ・カレーニナ」(1967年)で主役を演じたタチヤナ・サモイロワ。=タス通信撮影

 ただし、衣装、その豪華さとエレガントさという観点で見た場合、ナイトレイ主演の映画「アンナ・カレーニナ」(2012年)が、他を凌駕している。それは衣装デザイナーのジャクリーヌ・デュランが、アカデミー賞にノミネートされたほど。デュランは19世紀半ばのロシア貴族のスタイルと、1950年代のクリスチャン・ディオールのドレスのシルエットをひとつにしようとした。両者には共通性があるため。それでも、モダンの影響を受けていないデザインは限られ ている。ナイトレイはまた、一目でわかるシャネルのジュエリーを輝かせていた。この衣装は、カレーニナ自身と同様、魅力的かつ気まぐれだった。

 バナナ・リパブリックのコレクション=AP通信撮影

 この映画により、19世紀末のロシア・スタイルへの関心が復活した。カレーニナのスタイルにインスパイアされた、バナナ・リパブリックのデザイナーは、同 名のドレスのコレクションを制作。レースの要素、女性らしいシルエット、スタンドカラー、毛皮のクバン帽は、アンナ・カレーニナのぜいたくでエレガントな スタイルなのだ。