スタルヒンをロシアで映画化

トンボユニオンズ(1955年)の投手陣。 左から、スタルヒン、野村、武末、滝。

トンボユニオンズ(1955年)の投手陣。 左から、スタルヒン、野村、武末、滝。

ビクトル・スタルヒン(1916~57)といえば、日本のプロ野球草創期期に大活躍した名投手で、プロ入り3年、165試合で100勝到達、シーズン42勝など、現在まで破られていない大記録を打ち立てた伝説の人。そのドキュメンタリー映画の製作が間もなく、彼の祖国ロシアで始まる予定だ。撮影班は10月18日に来日し、スタルヒンがロシア革命で亡命してから少年時代を過ごした北海道旭川市など、ゆかりの地を取材する。映画公開は来年の見込み。

「今も生きている英雄」 

 映画化を企画したのは、モスクワの広告会社に勤めるアンドレイ・クリモフさん(37)で、製作の動機について、こう説明する。

 「ロシアでは、ソ連時代に対立していた米国の“国技”である野球は人気がなく、スタルヒンもほとんど知られていないのが現状です。今も生きている英雄として、彼のことを取り上げたかった」。

 クリモフさんと米国の映画監督チャブダル・ゲオルギエフさん(ウクライナ出身)ら撮影班は、10月18日に来日して、撮影を始める予定だ。

 

長女のナターシャさん:「感無量です」 

 撮影班は、スタルヒンの長女で東京在住のナターシャさん(62)らゆかりの人をインタビューした後、米国に渡り、アリゾナ州在住の次女エリザベスさん(60)にも会う。

 ナターシャさんは映画化について、「改めて父の偉大さを実感しました。革命で祖国を棄てざるを得なかった父ですが、ロシアをはじめ多くの国に知ってもらえるのは感無量です」と話した。

 

不滅の大記録 

 スタルヒンは、ウラル地方ニジニータギル生まれ。1917年のロシア革命後、25年に家族で日本に亡命し、旭川で育つ。外国人初のプロ野球選手として巨人軍に入団し、史上初の300勝を達成した。プロ入り3年、165試合で100勝到達、シーズン42勝など、現在まで破られていない記録もある。「須田博」の日本名で知られ、旭川にはスタルヒンの名を冠した野球場もある。