ノヴァヤゼムリャに核実験場を設置

1954年9月17日に、ノヴァヤゼムリャの3箇所に核実験場が置かれ、1990年10月24日まで、135回の核爆発をともなう実験が行われている =Getty Images/Fotobank撮影

1954年9月17日に、ノヴァヤゼムリャの3箇所に核実験場が置かれ、1990年10月24日まで、135回の核爆発をともなう実験が行われている =Getty Images/Fotobank撮影

1954年の今日、9月17日に、北極海に浮かぶ列島ノヴァヤゼムリャに、核実験場が設置された。

 ノヴァヤゼムリャは、「新しい土地」という意味で、中国語では、そのまま新地島と呼ばれる。ヨーロッパの最北東端をなし、南北2つの島からなる。面積は、ほぼ北海道と同じで、約8万3000平方キロメートル。人口は2010年現在、2429人。

 

広島型原爆に換算すると 

 ソ連時代、1954年9月17日に、ノヴァヤゼムリャの3箇所に核実験場が置かれ、1990年10月24日まで、135回の核爆発をともなう実験が行われている。うち87回は大気圏内で、3回は水中で、42回は地下での実験だった。

 核実験の総爆発量は、265メガトンに達する。ちなみに、第二次世界大戦で使用された総量は2メガトンなので、その132.5倍ということになる。

 1961年10月30日には、水爆「ツァーリ・ボンバ」(爆弾の王様)の核実験が大気圏内で行われている。

 その威力は57メガトンで、いまだに人類史上最大の兵器となっている。TNT換算で、広島に投下された原子爆弾「リトルボーイ」の3300倍、第二次世界大戦で使われた総爆薬量の10倍に相当する。

 ということは、ノヴァヤゼムリャでの総爆発量は、広島型原爆の約1万5000発分ということになる。

 

セミパラチンスクとの比較 

 ちなみに、ソ連のもう一つの主要な核実験場であったセミパラチンスク核実験場(カザフスタン共和国の北東部)と比べてみると、こちらでは、1949年8月29日に、ソ連初の核実験がここで成功して以来、少なくとも468回の核実験が行われた(地上で125回、地下で343回)。

 しかし、その威力は、累計で、広島に投下された原爆の2500発分相当であり、ツァーリ・ボンバ一発に満たない。

 

部分的核実験禁止条約 

 1963年8月に、アメリカ、ソ連、イギリスの間で、「部分的核実験禁止条約」が結ばれると、実験はもっぱら地下で行われるようになった。

 この条約は、キューバ危機後に、米ソがある程度歩み寄って、核開発を抑制すると同時に、核を持たない国の核開発を難しくして、拡散を防ぐ狙いがあった。

 

冷戦終結とともに核爆発をともなう実験は停止 

 ペレストロイカ期のグラスノスチ(情報公開)により、1989年にノヴァヤゼムリャの核実験場についての情報が公開された。

 冷戦が終結すると、核爆発をともなう実験は停止されている。