ハリポタのラドクリフがロシア人医師に

ジョン・ハムとダニエル・ラドクリフ 写真提供:kinopoisk.ru

ジョン・ハムとダニエル・ラドクリフ 写真提供:kinopoisk.ru

ミハイル・ブルガーコフの短編集「若き医師の手記」を原作とした、同題の連続ドラマがイギリスで放送され、大成功を収めた。このドラマの主役を務めているのは、「ハリー・ポッター」役で世界的に有名なダニエル・ラドクリフ。プロデューサーはその人気ぶりに、続編をつくることを決定した。アメリカでも近々、テレビで放映される予定(オベーション・チャンネルにて)。

大成功で続編撮影が決定 

  イギリスのテレビ・チャンネル「スカイ・アーツ」は、連続ドラマ「若き医師の手記(ヤング・ドクターズ・ノートブック)」(各24分全4話)が大成功したことから、第2節の撮影を決めた。主人公を演じるのは、第1節と同じダニエル・ラドクリフとジョン・ハム。ドラマの監督はロバート・マッキロップに代わる。

 1917年のロシア革命以前、若きブルガーコフは、この短編集の主人公と同様、田舎の村(モスクワの西300キロメートル)で医師を務めていた。抜歯や助産、梅毒の治療を行っていた。私生活では孤独に悩み、パニックになり、モルヒネも打った。ちなみに短編小説「モルヒネ」は、アレクセイ・バラバノフ監督の同題の映画(2008年)の原作でもある。

 「若き医師の手記」はこれまで、ブルガーコフの作品の中でもそれほど有名ではなかった。ベストセラーとなっていたのは、現実と空想が入り混じる特徴的な作品「巨匠とマルガリータ」、「犬の心臓」、「悪魔物語」、「運命の卵」などだ。

 

「抹殺すべき最後のものは私自身だ」 

 ブルガーコフも自分のことを神秘主義的な作家だと言っていた。これこそが世界を極めて物質的に解釈していたソ連イデオロギーとの対立の鍵となっている。 ブルガーコフの本は何年も出版されず、劇場で戯曲として使ってもらうのも一苦労だった。このような状況ですっかり絶望してしまい、ロシアの作家マクシム・ ゴーリキーにこう手紙を書いている。

 「私の戯曲はすべて禁止され、私の文章はどこからも1行も印刷してもらえず、私には刷り上がった作品もなく、著作権料 も1コペイカも入らず、私の申し出にはどこの機関も誰も答えてくれない。10年をかけて書いた私の作品は、ソ連ですべて抹殺されている。抹殺すべき最後の ものは私自身だ」。

 

ローリング・ストーンズにも影響 

 大衆向けにブルガーコフの本が出回るようになったのは1960年代、すなわち本人の死後である。皮肉にも称賛され、愛された。ブルガーコフはアイコンと なり、ファンは作品をもとに何年もモスクワを探索し、人々はブルガーコフの名言を引用しながら会話した。主な作品はすべて英語に翻訳されており、ロ シア人読者すら未だに最後まで理解できていない、1920年代のソ連の事象がたくさんでてくるにもかかわらず(「巨匠とマルガリータ」など)、海外では人気がある。人間の興奮とは、それほど強いのかもしれない。西側の読者もロシアの読者も同じように感動し、当時の影響を感じとる。

 西側諸国では多くの人が、ブルガーコフをアレイスター・クロウリーのような「悪魔崇拝者」だと考えている。イギリスのバンド「ローリング・ストーンズ」 の有名な曲「悪魔を憐れむ歌」は、ミック・ジャガーがブルガーコフの影響を受けて描いている。1960年代のロンドンのアンダーグラウンド時代、「巨匠とマルガリータ」は人気書籍だった。

 

内外でしばしば映画化 

 ブルガーコフの作品は何度も映画化されている。ドイツとユーゴスラビアでは1970年代に、イギリスのポール・ブライアーズ監督は1991年に、「巨匠とマルガリータ」を映画化した。ロシアでは1990年代と2000年代に多く撮影されたが、名作と考えられているのは「帰郷」(1970)、「イワン雷帝転職する」(1973)、「犬の心臓」(1988)といったソ連映画だ。「若き医師の手記」は1991年にロシアで映画化されたものの、それほどの反響はなかった。したがってイギリスのドラマの成功は興味深い。