オスタンキノ宮殿が完成

オスタンキノ宮殿、19世紀。

オスタンキノ宮殿、19世紀。

1795年の今日、7月22日に、モスクワのオスタンキノ宮殿が完成した。建てたのは“大通人”のニコライ・シェレメチェフ伯爵。

農奴が設計、建設、出演

 オスタンキノ宮殿(地下鉄ヴェデンハー駅)は、モスクワの観光名所の一つだ。農奴が設計、建設した。石造りに見えるが、大理石や漆喰を模した木造。200人収容できる劇場がある。

 シェレメチェフ伯爵家はやはり18世紀に、クスコヴォ(モスクワ地下鉄ノヴォギレーエヴォ駅)の宮殿と庭園も建てている。

 広大な左右対称のフランス式庭園に大小の宮殿、建物が散在。17もの池と運河を配しており、宮殿が水上に浮かんでいるように見える。ここの陶器博物館も見ものだ。

 

農奴の名ソプラノ、ジェムチュゴーワ 

 両宮殿の劇場では、農奴の歌手、俳優が出演した。なかでもプラスコーヴィア・ジェムチュゴーワ(1768~1803)は、当代最高のソプラノ歌手だった。

 彼女は、1787年にはクスコヴォで、女帝エカテリーナ2世臨席のもとで、フランスで活躍した作曲家グレトリのオペラ「Les Mariages samnites」の主役エリアナを演じた。女帝はその出来栄えに驚嘆し、ダイヤモンドの指環を贈ったという。

 

伯爵との悲恋 

 このプラスコーヴィアとニコライ・シェレメチェフ伯爵(1751~1809)との悲しいロマンスは有名だ。

 ニコライは、彼女を農奴身分から解放し、1801年に密かに結婚した。しかし彼女は、わずか2年後、長男ドミトリーの妊娠、出産で持病の結核が悪化し、産後3週間で亡くなった。

 ニコライは妻の遺言で病院付きの救貧院を建て、数年を経ずに亡くなった。救貧院の美しい建物は、現在、ロシア最大の救急病院「スクリフォソフスキー記念病院」となっている。

 2人が密かに式を挙げた教会も、モスクワのポヴァルスカヤ通り5番地(ノーヴイ・アルバート通りの書店「ドーム・クニーギ」の隣)に現存し、恋人たちのひそかな名所になっている。