ロシア帝国の優雅な舞踏会

=マリア・アフォニナ撮影

=マリア・アフォニナ撮影

18~19世紀のロシアの社交界は、舞踏会、豪華な招待状、ふんわりと広がるドレス、高価な装飾品、その他贅沢さのシンボルを欠かすことはなかった。ツァリツィノ宮殿で6月28日、ロマノフ家即位400周年を記念する企画展「大舞踏会」が開幕した。

 ロシア初の舞踏会となったのは、1600年代初頭に行われた偽ドミトリー1世とマリナ・ムニシェクの結婚式。だが貴族の間でこれが定番となったのは、こ れより100年近く後の、ピョートル1世令によって夜会が始められた1718年のことだ。当時の舞踏会は階級別で、貴族だけでなく、ギルドや同郷人の間でも行われていた。その後19世紀末から20世紀初めにかけて、階級は二の次になり、劇場関係者、芸術家、建築家といった職業別の舞踏会が行われるようになった。

 

婚約したカップルの数が成功の目安 

 舞踏会では踊るだけでなく、陽気にはしゃぎ、会話し、上の世代は政治ニュースについて話し合ったり、トランプで遊んだりていた。19~20世紀の舞踏会には、演奏会、オペラおよびバレエ、慈善寄付を目的とした舞踏抽選会なども加わった。

 舞踏会のメイン・シーズンは晩秋から春までで、その盛り上がりはマースレニッツァ(春を迎える謝肉祭)の時期にピークとなる。またポースト(斎戒期)を除いた夏に行われることもあった。舞踏会シーズンの成功度は、歓迎会の豪華さや服装だけでなく、婚約したカップルの数ではかった。

 サンクトペテルブルクには宮中舞踏会お気に入りの場所があった。舞踏会シーズンの幕開けを意味した「大舞踏会」は冬宮殿のニコライ1世の間で、「中舞踏会」と「小舞踏会」はエルミタージュやアニチコフ宮殿で、夏はペテルゴフやツァールスコエ・セローの宮殿で行われた。

 

舞踏会への準備

 舞踏会の招待状は華やかで、優れた芸術家の色彩豊かな絵が描かれたものが多かった。淑女はフランスを中心とした当時のファッション雑誌を見て準備してい た。ドレスの流行は変化したが、扇子、また髪、コルサージュ、スカートにつけたり、手に持ったりする花は、重要なアクセサリーであり続けた。18~19世 紀には、造花ブーケ用の花瓶のような装飾品、ポジー・ホルダーもドレスにつけていた。

 

仮面舞踏会

「扇子語」

 18世紀、社交界での交流には「扇子語」が使われた。これは扇子のみで表現する方法だ。淑女が開いた扇子を振る場合は「既婚」、扇子を閉じる場合は「あなたに興味がないの」、扇子の中骨1本分だけ開く場合は「私の友情で満足して」、扇子が完全に開いている場合は「あなたは私の偶像」など。

 初めての仮面舞踏会は、エカチェリーナ2世の時代、1763年に冬宮殿で行われた。このような舞踏会には、貴族や高貴な商人など、数千人の賓客が訪れて いた。19世紀でもこの伝統は続き、1月1日とマースレニッツァに開催された。

 アレクサンドル1世時代の1818年に冬宮殿で仮面舞踏会が行われた際には、ニコライ・パーヴロヴィチ大公(後のニコライ1世)の妻ア レクサンドラ・フョードロヴナの証言によると、彼女はインドの王子に、皇后エリザヴェータ・アレクセーエヴナ(アレクサンドル1世の妻)は、コウモリに扮したという。

 東洋舞踏会や歴史舞踏会などもひんぱんに開 催され、ニコライ1世は1837年、大きなお腹を抱え、三つ編みを垂らした、中国の高級官史に扮して中国風仮面舞踏会に参加した。

 

有名な舞踏会

 特に豪華だったのは戴冠式の舞踏会だ。エカチェリーナ2世の戴冠式から始まったモスクワの多稜宮(クレムリンのグラノヴィータヤ宮殿)の舞踏会は、式典の幕を華々しく開けていた。

 1903年には冬宮殿の有名な「à la russe(ロシア風)」仮想舞踏会が行われ、賓客全員がアレクセイ・ミハイロヴィチ・モスクワ大公時代の衣装を着て参加した。肖像画に描かれた自分の先祖の服を着る人、また古代ルーシ風にサラファンとココーシニクに似たかぶりものを身につける多くの淑女などがいた。

 最後の豪華な舞踏会は、1913年2月23日に行われた、ロマノフ家即位300周年を記念する貴族の会合だ。ロシア帝国で大臣会議議長(首相)を務めた ココフツェフ伯爵の回想によると、式典は特に印象に残らなかったという。 

「真の盛り上がりがなかったわけでもなく、近い将来についての恐怖があったわけでもない。私の頭の中は、当日どうなるのか、いかにして世界的な惨事を防ぐのか、という毎日の心配事で一杯だった」。

ロシア革命後、舞踏会も古いロシアのすべての遺産も忘れ去られたが、「ロシアの舞踏会」伝説だけが映画、音楽、演劇などの芸術で再現されながら、20世紀に残り続けたのである。

「大舞踏会」展

 ツァリツィノ宮殿で10月13日まで行われるこの企画展では、ロシアの舞踏会文化に関連する460点の展示品を見ることができる。舞踏会のドレス、衣 装、また舞踏会や踊り子が描かれたポスターや絵が展示されている。

 またボリショイ劇場の演目としての舞踏会のコーナーもあり、バレエの装飾や衣装の草案、 ほどかれたチュチュ、またピエール・カルダンが製作したマイヤ・プリセツカヤのドレスなども飾られている。これらの展示品は、モスクワとサンクトペテルブ ルクの博物館10館から提供された。