ロシア料理の“里帰り”

ロシアのペーチは、現代の用語でいえば、30%以下というきわめて低い熱効率しかそなえておらず、炉の内部では、大人が潜り込んだり必要ならば身体を洗ったりすることもできた。=ミハイル・フォーミチェフ撮影/ロシア通信

ロシアのペーチは、現代の用語でいえば、30%以下というきわめて低い熱効率しかそなえておらず、炉の内部では、大人が潜り込んだり必要ならば身体を洗ったりすることもできた。=ミハイル・フォーミチェフ撮影/ロシア通信

ビールとウォッカのスープ、キャビア、馬乳…、実際、ロシア人は何を食しているのだろうか?

 ロシア料理についての記述が初めて現れたのは10世紀のことで、筆者はアラブの歴史家、天文学者、地理学者のイブン・ルスタだった。同氏によれば、東方のスラヴ人はもっぱら馬乳で栄養を摂っていた。冷戦のさなか、有名な欧州の料理本には、ロシアのスープ「オクローシカ」はビールとウォッカを混ぜて作られ、ロシアのボルシチはもっぱら腐った形で食卓へ供される、と記されていた。

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ウォッカ談義

 鉄のカーテンが崩れると、ロシア式の食事には必ず山盛りのキャビアがついてくるというもう一つの神話が世界中にはびこり、欧米へ赴いたロシアのコックたちは、本場のロシア料理ではなく、オマー・シャリフ主演の映画『ドクトル・ジヴァゴ』(1965)でしかロシアを知らない外国人たちが期待するものをこしらえようとした。

 専門家がロシアNOWに基本のロシア料理を紹介してくれた。

 

ペーチ(ロシア式暖炉)で独自の料理

 ロシアは、厳しい気候のため一年の大半は耕地が利用できないが、その代わり森林はつねに豊富にあり、温帯の落葉樹林や北方の針葉樹林は、ペーチと呼ばれるロシア式暖炉を日常的に用いるのに十分な燃料を人々に供給できた。

 ロシアのペーチは、現代の用語でいえば、30%以下というきわめて低い熱効率しかそなえておらず、炉の内部では、大人が潜り込んだり必要ならば身体を洗ったりすることもできた。

 そうした大きな炉の内部をパンが焼ける温度にまで暖めるには、小さい木ならほぼ一本分に相当する十片以上の薪が必要であった。けれども、その代わり、良くできたペーチを暖めれば、長時間の加熱が必要な料理を一度にいくつか調理し、大家族でも十分足りるほどのパンやピローグ(ロシア風パイ)を焼くことができる。ロシア人は、焚きつけてから8時間から12時間たっても炉内が熱を保つというペーチの性質のおかげで、独自の料理を創り出すことができた。

 

シチーとカーシャ

 これは、長時間にわたり摂氏200度から80度の温度に保つといういわゆる蒸し煮を必要とする料理で、今も、ありとあらゆる種類のシチー(スープ)とカーシャ(お粥)がロシアの多くの家庭で愛されている。農家の伝統的な食事は、蒸し煮にしたシチーと軟らかく煮たぱさぱさのカーシャで、カーシャには、ソバ、キビ、ライ麦、小麦のものなど、いろいろある。

 

漬物

 コンスタンチン・チャリャーボフ撮影/ロシア通信

 自然な乳酸発酵を用いた伝統的な野菜やキノコの漬物は、ロシア料理に欠かせない。塩漬けのキュウリやキャベツの漬け汁は、かつて、ロシア料理において、東南アジア諸国における醤油と同じ役割を果たしていた。

 漬物を用いて、シチーのほか、ソリャンカ(蒸しキャベツ料理)、ラスソーリニク(塩漬けキュウリ入りスープ)、カリヤー(ボルシチの一種)といったいわゆる漬け汁料理が作られる。中世の旅行家の一人であるドイツの学者アダム・オレアリウスは、モスクワ地方を旅した際、キュウリの漬け汁に入った焼いた羊肉というポフメールカ(「迎え酒」の意)なる一品に出合った。

 

魚とキャビア

 タス通信撮影

 ロシアの主な食べ物として、ロシアにつねに豊富にあったありとあらゆる種類の川魚を挙げないわけにはいかない。16世紀から17世紀にかけての名著『ドモストローイ(家庭訓)』には、魚の塩漬け法が十余り紹介されている。

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魚の王様

 それから、忘れてならないのが、今や私たちの口にはなかなか入らなくなってしまったロシアのキャビア。ほんの400年ほど前、ロシアの一部の県では、飢饉の年になると、最も安上がりな代用品として、乾燥させたチョウザメの卵を小麦粉に交ぜていたという。

 ロシアならではの魚入りのピローグには、クレビャーカ、ルィーブニク、ラスチェガーイなどさまざまな型のものがある。

 

ピローグとブリヌイ


 Lori/Legion Media撮影

 ピローグなど、生地で作る食べ物は、いわばロシア料理の名刺だ。詰め物、生地やピローグそのものの種類は、無数にある。開いたもの、閉じたもの、折ったもの、載せたもの、イーストなしのもの、酸っぱいもの、甘いもの、漬け汁のものなど。

 大齋をひかえたロシアの謝肉祭にあたるマースレニツァは、ブリヌイ(ロシア風パンケーキ)なしには考えられないが、それはマースレニツァのときにだけ焼かれるわけではない。クリスマスの後にはスヴャートキという祭日がしばらく続くが、そのときに大麦の粉でブリヌィが焼かれることから、一部の地方ではその祭日はオフシャーニツァ(大麦を意味する「オヴョース」から)とも呼ばれている。

 

本物のロシア料理を味わうには

 ロシアは多民族国家であり、ロシア人の料理は何世紀にもわたり多民族の料理と共存してきた。今ではすっかりロシア料理とみなされているもののなかに、実は近隣諸国から伝わったというものがある。フィン・ウゴル系民族のペリメニやチュルク系民族の麺類がそうだ。

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長い冬に似合う味

 ロシアに定着しているあらゆる民族の料理も、ロシア料理の良いところをさかん取り入れてきた。

 残念ながら、今のロシアでは、レストランのメニューで本物のロシア料理を探すのは難しい。たいていはまがいものであり、美味しいかもしれないが、本物にはほど遠い。

 とはいえ、状況は変わりつつあり、とくに田舎のレストランには、本物のペーチがお目見えし、若いコックたちが、料理の「豪華さ」であっと言わせるのではなく、伝統的な調理法を守ろうとし、農場主たちは、ほとんど忘れられているスペルト小麦やカブの栽培を始めている。