ソ連で禁酒法を採択

「しらふが正常!」、ソ連の切手。

「しらふが正常!」、ソ連の切手。

1985年の今日、5月7日に、ソ連で禁酒法が採択された。

 法令の名は「酔っ払いとアルコール中毒の克服に関する措置」で、法文はあらゆる新聞に掲載された。そして、「しらふが正常!」というスローガンのもとに大々的にキャンペーンが展開された。

 

 酒屋の長蛇の列とドブロク 

 法令制定と同時に、アルコール飲料が大幅に値上げされ、販売も制限された。ウォツカはクーポン券でのみ売られることになった。その結果は、当然のことながら、アルコールを扱う商店での長蛇の列と、密造酒の急増を招いた。

 しかも、これらの一連の措置は、ロシアの歴史的、社会的、経済的な諸条件を十分考慮せずに強行されたため、さまざまな弊害を引き起こした。ソ連のぶどう栽培と酒造は大打撃を被り、国民の不満は高まる一方だった。

 

 ぶどう園まで根こそぎに 

 ぶどう園を根こそぎにするといった無理な措置までとられたため、栽培者が自殺したり、心臓麻痺で死亡する悲劇も起きた。

 酒造工場は一律にノンアルコール飲料製造に切り替えざるを得なくなり、経済的な悪影響のほか、投機や横領、窃盗が横行した。

 1980年代の半ばは原油価格が急激に下がった時期で、ソ連経済は大打撃を受けたが、皮肉なことにこの禁酒法がさらに追い打ちをかけることになった。その額は約68億ルーブルと見積もられている。

 その後、アルコール飲料の国家専売が廃止され、禁酒措置もなし崩し的に無意味になっていった。