ソ連の切手。
事故が起きた当時、チェルノブイリ原発の4号炉では、ストレステストが行われていた。
外部電源が遮断された場合に、非常用ディーゼル発電機の起動までに約40秒間がかかるが、原子炉の蒸気タービンの惰性回転だけで、各システムへ電力を供給できるかどうか確かめるのが目的だった。
安全装置をすべて解除して実験
ストレステストは、原子炉の出力を通常の20~30%にまで下げて行う予定だったが、炉心内部のキセノンオーバーライド(キセノン135が炉心に蓄積して中性子を吸収し、出力が低下する現象)と、操作ミスによって、熱出力が定格の1%にまで下がってしまった。
運転員は出力を回復するために、炉心内の制御棒を多数引き抜いたところ、熱出力は約7%に上昇した。
しかし、炉心の制御棒の数が少なくなったため、不安定な運転状態に陥った。そのせいで正確な実験結果が得られないことを恐れた運転員らは、非常用炉心冷却装置を含め、主な安全装置をすべて解除した。
こうして実験を再開した直後、原子炉の熱出力が急激に上がり始めたため、運転員はすぐに制御棒を挿入した。
ところが、この原子炉は制御棒を挿入すると、一時的に出力が上がる設計だった。そのため、原子炉内の蒸気圧が急上昇し、爆発した・・・。
政府の対応と死者数
ソ連政府は最初、事故を公表せず、周辺住民の避難も行われなかった。
しかしまもなく、スウェーデンの原発などで、特定の核種や高線量の放射性物質が検出された。照会を受けたソ連は、4月28日に事故を認めた。
死者数は、ソ連政府の公式発表では、運転員と消防士33名だが、事故処理に当たった軍人、労働者などが多数死亡している。
事故後、ガン、白血病などが急増しているとの調査結果もあるが、事故による被ばくとの直接の因果関係を科学的に証明する方法はない。
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