連ドラ「カラマーゾフの兄弟」

写真提供:フジテレビ

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連続テレビ・ドラマ「カラマーゾフの兄弟」(フジテレビ、1月12日~3月23日)は、日本の主要なヒット作となった。ストーリーは可能な限り、日本の 今の現実社会に近づけられていた。黒澤家の当主は不動産会社を経営し、長男の満は失業中で借金だらけ、次男の勲はエリート弁護士、三男の涼は精神科医を目 指している医学部の学生だ。フジテレビ編成部の佐藤未郷さんに、ロシア文学をいかにして日本の視聴者向けに脚色したのかを聞いた。

 -古典文学をお茶の間のドラマに変えるというのは大胆な企画ですが、なぜこれが「カラマーゾフの兄弟」だったのでしょうか。

 「カラマーゾフの兄弟」は昔からおもしろいと思っていましたが、新訳を読み終えた後で、このヒューマンドラマを現代の日本に置き換えてみたらどうだろう と思うようになりました。ドストエフスキーが小説に込めた思いは、現代の日本の若者ひとりひとりの、内なる混乱に通ずるものがあるのではないかと。誰もが ドストエフスキーとその小説を知っています。イギリスの知人に「カラマーゾフの兄弟」をドラマ化すると言ったら、「あんな傑作を映像化するなんてすごい」 と感動していました。

 -日本人と「カラマーゾフの兄弟」に通じるものとは何でしょうか。

 この小説の根底には、当時の若者に共通していた、皇帝支配に対する不満があるように思えます。現代日本でも、現状の閉そく感のようなものが全体的にあり ます。若者にとって、仕事を見つけることはどんどん難しくなっています。そして広く定着した価値観に疑問を感じているのです。ロシアで19世紀末にそうで あったように、言葉には出さずに、心の中に何かを隠し、反発しようとする心を抑えつけ、何をすべきかわからずに悩んでいるのです。このドラマでは父親を独 特な1980年代の日本経済の遺物、いやしいエゴイストとして描きました。ドストエフスキーの主人公の感情を刺激した、当時の父親の世代と一致するかもし れません。

『カラマーゾフの兄弟』、

1969年のソ連の映画。

 -ドラマ化にあたり、変えざるを得なかったものとは何でしょうか。

 多くのことを変えなければなりませんでした。原作ではロシア正教の思想が多くの場面に反映されていますが、これは現代日本の文化的背景とはまったく合いません。当時のロシア社会で、ロシア正教がどのような価値観を示していたのかを考え、現代日本に共通するものをそれぞれ探しました。例えば、キリストが悪魔的な登場人物に立ち向かう、大審問官伝説です。お茶の間の視聴者にとって、これは不可解です。でも重要なエピソードなので、涼が父の墓に花を供えるとい うシーンでこれを伝えました。これは日本化しすぎだったかもしれませんが、現代の日本人のシステム、日常生活、宗教観に合うように、原作の意図を伝えました。

 -原作では、次男のイワンは知識人で無神論者です。なぜドラマでは弁護士なのですか。

 公平性とは何か、あるいはいかにして世間の愚かさに立ち向かうのかなどの問題を、主人公が自問できる職業だからです。普通の日本人は、日常生活で何かに ついて議論するようなことはあまりありません。弁護士は本人の意思にかかわらず、議論を交わし、被告がどんな悪者であっても、守らなければいけない義務があります。このような人物が罪、罰、その他のパラドクスについて考えても、不自然ではありません。それどころか、思索にのめり込み、動揺してしまうのですね…。

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 -ドラマでは、長男が無実とされていますが。

 これは私のアイデアです。日本の現代の裁判システムでは、有罪と認めるのが難しいからです。原作の最後では、兄弟がドミトリーの逃走を企てていますが、 ドラマでは弟が兄の無実を証明するために、訴えをくつがえそうとしています。このようにして、ドストエフスキーの意図は変えないように努めました。

 -視聴者の反応はいかがでしたか。

 肯定的な反応が中心でした。このドラマをきっかけに、原作を読むことにしたという人が多かったです。これは出版社も認めています。現在、古典文学に関心をもつ人は少ないので、このドラマでドストエフスキーを初めて知ったという人もいました。1960年代から1970年代に学生をしていて、ドストエフスキーに夢中になっていた世代は、通常は連続ドラマをあまり見ませんが、このドラマには関心を持っていました。そして35~50歳の男性視聴者の割合が多かったことも判明しました。

 -なぜドストエフスキーの小説は、これほど日本で人気があるのでしょうか。

 主人公におもしろみがあって、引き込まれるような筋書きだからです。これは「カラマーゾフの兄弟」だけではありません。最初に父は殺されると書いてありますが、 殺害までの時間が長く、どうなるのだろうと興味を持ちます。これで読みたくなるというのはあまり良いことではありませんが、誰が殺害するのだろうという疑 問で、読者を引きつけます。読者の興味を維持しながら、自分の意見を持ったさまざまな登場人物を登場させているので、一層おもしろくなっているのです。

 -ドストエフスキーの他の小説、あるいは他の作家の小説で、またドラマをつくるということは考えていますか。

 私は「戦争と平和」が好きですが、トルストイの本だと長期の連続ドラマになってしまいます。これだと予算が足りませんね(笑)。

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