劇場広場にボリショイ劇場落成

Theefer撮影

Theefer撮影

1825年の今日、1月18日(ユリウス暦1月6日)に、現在の所在地である劇場広場にボリショイ劇場が落成した。

このオペラとバレエの殿堂は、何度も火災に遭っており、1812年のナポレオンのロシア遠征でも、モスクワの大火で焼失している。当時、劇場はアルバート通りにあったが、現在の所在地である劇場広場への移築が決まり、オシップ・ボヴェらの設計で建設された。ちなみにボヴェは、前年の24年に、隣のマールイ劇場も建てている。

ところが、この25年建築の劇場も、1853年にまたしても火災に見舞われ、大きな被害を受ける。焼け残った列柱や壁を生かして、1856年に再建されたのが現在の建物だ。このとき正面破風の上に付けられた太陽神アポロンの四頭立て馬車は、この劇場のシンボルとなった。

オペラとバレエの殿堂 

ボリショイ劇場は、ロシアの代表的歌劇場で、サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場と並ぶ存在。ボリショイとはロシア語で大きいという意味だ。1776年のピョートル・ウルソフ公爵邸でのオペラ、ドラマの上演が起源。

ここでの演奏史はそのまま芸術大国ロシアの歴史となる。ごく一部を挙げると、ここで初演された作品にチャイコフスキー『白鳥の湖』、プロコフィエフ『シンデレラ』、活躍したダンサーにガリーナ・ウラノワ、マイヤ・プリセツカヤ、ウラジーミル・ワシーリエフ、歌手にフョードル・シャリアピン、マルク・レイゼン、アントニーナ・ネジダーノワ、ガリーナ・ビシネフスカヤ、エレーナ・オブラスツォワ、指揮者にニコライ・ゴロワノフ、キリール・コンドラシン、ゲンナジー・ロジェストベンスキー、エフゲニー・スベトラーノフなど、世界芸術史上に残るアーティストが綺羅星のごとくいる。

昨年、6年におよぶ改修工事を終え、復活  

昨年、ボリショイ劇場は、2006年からの6年におよぶ改修工事を終えて、10月28日、記念ガラコンサートが行われた。改修では 19世紀の姿を再現するとともに最新設備が導入された。

改修の最大の成果は音響の著しい向上。帝政時代からソ連時代にかけて何度も部分的な改修が行われるなかで、音響的に合わない素材があちこちに継ぎはぎされたり、オーケストラピットの床にコンクリートが流し込まれたりしたせいで、音響の世界ランキングは現在55位にまで転落していた。

そうした不適当な素材を全部入れ替え、世界的テノール歌手プラシド・ドミンゴ氏らのユネスコ委員会が調査し、音響は元に戻ったと認めた。

また、装飾やインテリアも、「槌と鎌」などソ連色は一掃され、創建当時の姿にできるだけ近づけた。20世紀に付け足されたものは全部取り去ったという。唯一の例外はステージ近くにある独裁者スターリン専用ボックス。往時の姿に入念に復元した。 
その一方で、可動式舞台など主にドイツ製の最新設備を導入、ステージも21m×21mに拡大されて欧州最大となった。さらに中庭の地下には300席を備えたリハーサルホールを新設。