ロシア団塊の世代:ソ連知らぬ80年代生まれが社会の中核に

アリョーナ・レプキナ

アリョーナ・レプキナ

ロシア連邦国家統計局の2010年の人口データによると、ロシアで最も人口の厚い層は70歳以上で、その数は1300万人になる。次に多いのは私が属する25歳から29歳で、約1200万人いるが、この層は数だけではなく、社会的にかなり活発な人が多い。お金を稼ぎ、子供をつくり、税金を支払い、抵当貸付を利用し、デモに参加し、広告代理店がターゲットとする人々だ。

誰の人生にも、すでに自分が最年少の経験の浅い人間ではなく、人口ピラミッドの真ん中に位置しながら、まわりの人と対等に会話ができるようになったと感じる時が訪れる。私にも同僚、上司、先生、児童公園にいるママたちが私と同じ年齢層だと気づいた時が、1年前か2年前に訪れた。

数は力なり 

それらの人々は皆アラサーで、出版社や広告代理店を経営し、本を出版し、慈善基金を設立し、テレビ番組の司会を務め、大学で講義を行い、ビジネスを行っている。30歳のニコライ・ニキフォロフ氏が通信情報大臣に任命された時、これは偶然ではなくトレンドなのだとわかった。30歳という年齢がかなりの多くの人にとって、仕事をする上でもっとも脂が乗る時期で、そのうちの大多数がこの年になるまでに何かを成し遂げている。この層はただ人数が多いだけでなく、かなり影響力があるということにもいつも驚かされる。

昨冬のデモ(活動の中心的な層が25~30歳だった)、大統領選の民間の選挙監視、ブログサービスの「ライブジャーナル」、「フェイスブック」などを思い出すだけでもそのすごさがわかる。

80年代の国策によるベビーブーム 

これらの人々は一体どんな人たちなのか。1980年代のベビーブームは、戦後の出生率増加や人口政策の変更の影響を少なからず受けたものだ。つまり、1981年付けソ連共産党中央委員会決定「子供を持つ家庭への国家援助強化策について」によって、産まれたのが私たちなのだ。第一子から子ども手当が支払われ、母親の有給産休が保障されるようになった。

私たちはソ連最後の世代だが、パンを買うために行列に並んだり、配給券でマカロニを受け取っていたことをよく覚えており、ソ連に対する幻想など抱いてはいない。1970年代生まれの兄姉とは違い、1991年に最高会議ビル(ホワイトハウス)立てこもりのクーデターが発生した時は小さかったため、その後の1990年代には希望も失望も感じなかった。

ディズニー・アニメで育った第一世代 

2000年代に突入し、私たちの世代の大学受験が始まると、モスクワ大学の教授をつとめる私の叔母は、「ディズニー・アニメで育った第一世代が入学してくるのね」と言った。

ロシアのベビーブーマーは最初に消費を通して自己表現することに必死になり、それに飽きると周囲に目を配るようになって、「どこに私の税金が消えて行くんだろう」、「なんで病院でこんなに待たされるんだろう」、「これを変えるために私に何ができるんだろう」などと考え始めた。

金融危機と前後して子供をもつ 

2008年頃から私の世代は子どもを持つようになった。2007年から2011年までの出生率が20%増加すると、連邦保健省は1980年代のベビーブーマーの子供世代であるということも忘れて、すぐさま自分たちの努力の成果だと言い放った。

そしてこの時期に国民の運動が活発になり始め、連邦教育省の前で妊婦が産休の支払いに対する抗議デモを行い、幼稚園に子供を入れることのできなかった保護者たちが講義デモを行い、ビタミン強化食の停止に対して反対署名が集められた。以前から誰でも幼稚園に行くことができていたんだろうか? この人たちは、人よりも多くのものを要求したいんだろうか? そうだ!私の世代は他の人よりも多くを求めるように思う。さらに、私たちは結束できるのだ。

認識するベビーブーマー 

認識しようと努力するところが、ロシアのベビーブーマーの優れた特徴だと思う。選挙の認識、活動の認識、生活の認識に対する努力だ。そして、人生が希望通りになっていないと認識すると、時に親戚や知り合いを驚かせるような衝動的な行動をとってしまう。

私の友人のリータは、エカテリンブルクの大学の経営学部を卒業し、広告代理店で働いていたが、すべてを投げ捨てて、モスクワに引っ越してグラフィック・デザインを学び始めた。ジーマは大学でITプログラミングを学び、セキュリティー・ソフト関連の仕事をしていたが、今日閉鎖された仏教都市から電話をかけてきて、火夫として働いていると話した。

ロシア=団塊世代となる日 

親の世代が考えるキャリアや成功というものは、私たちの世代の考えるものとは違うため、こういう突如とした変化について聞いても驚かない。成功とは自己表現、キャリアとは何かが自分に依存しているという感覚であり、こういった考え方から、デモ、ボランティア、慈善事業のプロジェクトなどが行われるのだ。私たちのソーシャル・ネットワークで団結している世代は人数が多いからこそ、活動が目立つ。

1960年代のアメリカのベビーブーマーたちも、前の世代の価値観を、文化や芸術の変革を通じて、まずは美学的に見直した。やがて、それを市民の権利獲得の戦いへと、同性愛者、女性、体の不自由な人、黒人の権利の訴えへと変えていったのである。

今後はどうなるんだろうか? やがて今のアラサーがロシアで最も人口の多い層になるだろう。そしてこの世代が現在の22歳から26歳の世代と結束したら、大きな変革を実現できる強大な力となるのだ。