チャイコフスキーのピアノ協奏曲1番のモスクワ初演

ピョートル・チャイコフスキー

ピョートル・チャイコフスキー

1875年の今日、12月3日に、ピョートル・チャイコフスキー(1840~1893)のピアノ協奏曲1番(変ロ短調)のモスクワ初演が行われた。1874年から1875年にかけて作曲されたこの曲は、世界のあらゆるピアノ協奏曲のなかでも最もポピュラーな作品であり続けている。

初め、チャイコフスキーはこの曲を、作曲家でピアニストである友人のニコライ・ルビンシテイン(モスクワ音楽院院長)に献呈し、初演者になってもらおうと考えた。1874年のクリスマスに、ピアノ譜を見せたところ、案に相違して、演奏はむずかしいし「どうにも仕様がない作品だ」などと、散々に酷評されてしまった。

ハンス・フォン・ビューローが高く評価、初演 

がっかりしたチャイコフスキーは、ドイツの指揮者でピアニストのハンス・フォン・ビューローに献呈し、意見を仰いだ。ビューローは、現代の指揮法を確立した大指揮者で、妻のコジマ(フランツ・リストの娘)をめぐるリヒャルト・ワーグナーとの三角関係でも有名だ。ビューローは、この曲を「独創的で高貴」と高く評価し、初演を引き受けた。

世界初演は、10月25日にアメリカのボストンで、ビューローのピアノとベンジャミン・ジョンソン・ラングの指揮により行われ、大好評を博した。11月22日のニューヨークでのコンサートの成功は、それをさらに上回るもので、数日後には、サンクトペテルブルクでロシア初演が行われた。

名演を引き出す名曲 

12月3日には、作品の評価がうなぎ上りとなるなかで、モスクワ初演が、セルゲイ・タネエフ(作曲家アレクサンドル・タネエフの親類)のピアノ、ニコライ・ルビンシテインの指揮で行われた。ルビンシテインは、曲に対する自分の見方を改め、再三自分のコンサートでとりあげることになる。

以来、21世紀の今日まで、多くの大ピアニストがこの曲を手がけ、名演を残している。トスカニーニとホロヴィッツ、カラヤンとリヒテル、コンドラシンとアルゲリッチなどはとくに忘れがたい。