ロシア通信撮影
ミーシンに見出されて
エフゲニーは、ハバロフスク地方ソルネチヌイで、指物師の家庭に生まれた。生後まもなく、家族はロシア南部のヴォルゴグラードに引越し、そこで、彼は4歳のときに、フィギュアスケートを習いはじめた。
11歳のときにエフゲニーは、名コーチ、アレクセイ・ミーシンに才能を認められ、フィギュアスケートを本格的に学ぶために、単身サンクトペテルブルクのスポーツ学校に入学し、ミーシンの指導を受けるようになる。
ミーシンが指導するグループには、のちに最大のライバルとなるアレクセイ・ヤグディンや、94年リレハンメル冬季五輪の金メダリストとなるアレクセイ・ウルマノフなどがいた。
スポーツ学校を修了すると、P.F.レスガフト記念サンクトペテルブルク国立体育大学に入り、2005年に卒業した。
超高難度
プルシェンコといえば抜群のテクニシャンだ。2002年のシーズンには、史上初めて、4回転トウループ-3回転トウループ-3回転ループという超高難易度のコンビネーションジャンプに挑戦し(3つ目のループはステップアウト)、また3回転アクセル-ハーフループ-3回転フリップという超高難易度シークエンスジャンプを成功させている。男子選手で初めてビールマンスピンを取り入れたのも彼だ。
現在まで、プルシェンコは、優勝回数70回以上、五輪では、2006年に金メダル、2002年と2010年には銀メダルに輝いている。世界選手権では3回優勝、欧州選手権7回優勝、ロシア選手権9回優勝。
パフォーマンス
ロシアの歌手ジーマ・ビラーンが、”Believe”を歌って、ユーロビジョン2008で優勝したとき、プルシェンコは、ハンガリーのヴァイオリニストであるエドウィン・マートンとともに、パフォーマンスを行い、優勝に貢献した(?)。
また、ここ数年、プルシェンコはマートンと、欧州各地でアイスショー「ストラディバリウスの黄金の氷」で競演している。
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