ロシア仏教曼荼羅

仏教はロシアにおいて、存在しないようで存在する、不思議な宗教だ。仏教の新しいルネサンスについて語る人もいれば、仏教の終焉について語る人もいる。

ソ連時代の受難と復興

仏教は、今から400年前に、カルムイク人によってロシアに伝えられ、1741年にようやく正式に認められた。帝政時代、仏教はその賢明で平和な教えで尊敬を集めたものの、ソ連時代は、宗教全般を禁止した政府が、仏教徒の追放を始めた。ダツァン(チベット仏教寺院)は破壊され、多くのラマ僧は強制収容所に送られ、銃殺され、残ったラマ僧も地下活動しかできなかった。

1946年、奇跡的に生き残ったブリヤート人のラマ僧の代表団が、クレムリンに赴き、仏教復活を訴え、ソ連政府は最小限度にとどめることを条件に、復活を許可した。ソ連時代の最初で最後のダツァンは、ウラン・ウデ(東シベリア・ブリヤート共和国の首都)近郊のイヴォルガ村の沼地に建設され、1990年代初めにようやくイデオロギー的な管理がなくなった。仏教はその後発展を遂げ、現在ブリャート共和国やその周辺には、47院のダツァンがあり、さらにカルムイク共和国に27院、トゥヴァ共和国に17院ある。

また、ヨーロッパロシアのどの大都市にも仏教センターがあり、その数は約200カ所にものぼっている。ブリヤート共和国、カルムイク共和国、トゥヴァ共和国は伝統的な仏教地域で、1990年代初めから寺院の建設が積極的に進められ、20年前には3院しかなかったものが、現在ではこのように100院近くにまで増えているのだ。さて、ロシアは仏教国なのだろうか。

最大宗派は、化身ラマ制度を創始しカルマ・カギュ派 

仏教を信仰する国民のほとんどは、ロシアの伝統的なゲルク派(チベット仏教の四大宗派、ゲルク派、カルマ・カギュ派、サキャ派、ニンマ派のひとつ)ではなく、他の宗派に属している。最大の宗派はカルマ・カギュ派(化身ラマ(転生活仏)制度を創始した一派)で、信者数は30万人である。サキャ派やニンマ派もいるが、信者数は1万人以下だろう。仏教学者の中にも仏教徒はいるが、めったにそれを公表しない。ロシアの推定仏教徒数は、全人口の1%、約50万人ほどで、それほど少ないとは言えない。ただ、そのうちの誰が真の仏教徒かということだ。

モスクワに登録されている仏教団体17団体は、互いに共通性がない。どの団体も、遠慮がちなていねいな言いまわしで、うちの仏教が真の仏教で、他の団体の仏教は違うという主旨の話をする。ロシアの仏教には、世界中の仏教がそのまま反映されている。

ヨーロッパ式仏教も

モスクワの密教系仏教センターでは、毎晩8時にめい想が始まる。広くて天井の高い白い部屋は、空っぽのオフィスのようだ。奥の壁にある金箔の仏像を見ないと、何をしているのかわからないほどだ。無表情な女性が床に座り、自由と幸福について復唱している。じゅうたんの上には100人ほどいるだろうか。その女性は、黄金の光に包まれた、カルマ・カギュ派のカルマパ16世(1924~1981)をイメージするよう促す。これによって、そこにいる全ての人は虹色の霧の中に溶け込んでいくのだ。この簡単な修行には1時間ほどかかり、その後キッチンへ移動して、お茶を飲み、語り合う。教養の高さや人生への純粋な好奇心が目に現れた、感じのいい人々だ。いかなる儀式も禁欲主義もない。仕事が終わるとここに来て、素早く無の境地になる。

カルマ・カギュ派の信者は、1990年代初めに現れた。当時、人々はみな新たな価値観を求めていた。どこへ目を向ければいいかはわかっていた。「東」だ。インドや中国など、東に向かっていたはずが、奇妙なことに、やはり西に、つまりヨーロッパに行き着いてしまった。

数百もの仏教センターを設立したオレ・ニダルは、デンマーク人で、若い頃はヒッピーで軽い麻薬もやり、その後ネパールを旅して仏教に出会い、修行をしてラマ僧になった。ロシアに来たのは1990年代初め頃で、カルマ・カギュ派や密教を信仰している。ニダルの目的は、存在の耐えがたさを乗り越えて、存在の意義を早く正しく悟ることである。ニダルの生き方は魅力的で、それが仏教であるか否かは重要ではない。

ブリヤートの生活に溶け込む 

朝は、起床して顔を洗い、守護神イシュターデーヴァターにお供えをし(特別な器に牛乳を注ぐ)、昼は、生き物をないがしろにする悪行を働くことなく穏やかに過ごし、夜はマントラを読む。これが一般的な仏教徒の生活であると、ブリヤート人女性が、ウラン・ウデ郊外にあるダツァンへ行く途中に説明してくれた。

ダツァンは風変わりな外観をしている。だだっ広い草原に、ゆがんだロシア風の小屋が立っている。その先には、端がそった屋根、龍、獅子、紐、旗、祈祷太鼓、鐘のある伝説的なドゥガン(寺)が立ち、虹色やさまざまな色がまばゆいばかりに輝いている。

ブリヤート共和国のどのダツァンも、占星術とめい想の2種類の仏事を行っている。伝統的なキリスト教の聖職者のもとで行われる懺悔とは違い、ラマ僧には何かの決定を伝える権利はなく、誰と結婚すべきか、どのように経営を行うべきか、どこで何を学ぶべきかなどの助言を与えるにとどまる。

当地の仏教は、ヨーロッパ式仏教とは具体性や分業などで異なっている。独り歩きする”精神性”というようなものは、ここの仏教徒は信じていない。人々が満腹になったら、精神性が現れる。空腹の者には、神も仏も関係ないのだ。ここ10年で、ロシア正教から4万から5万ほどがダツァンの信者に変わったが、仏教徒はそれをもろ手をあげて歓迎しているわけではない。

猫とロシア人は呼ばないときにやって来る 

ロシアの仏教団体のダンバ・アユシェフ会長は、こう述べる。「たくさんの仏教徒は必要ありません。伝道活動は行っていませんから。べつに来なくていいよ、というと、逆に、大勢やって来るんです」。

ロシア仏教の魅力は、世界制覇を一切考えず、あらゆる信念を尊重し、無欲、実用的で、反教条主義的、反全体主義的であり、「温情主義」(パターナリズム)も認めず、認めるのは信頼と友情のみだ、という点にある。全体主義的の痕跡を払拭し、基本的な視点を変え、まったく違う立場から物事を見る可能性を与えてくれる。

問題は、異なる基本的観点を探る中で、ほとんどのロシア人は大元のアジア人からではなく、ヨーロッパ人から仏教を学んだということだけだ。

ロシア・レポーター誌の記事抄訳