民族政策の現代化が必要

ダン・ポトツキー

ダン・ポトツキー

ロシアの民族問題は、見て見ないふりをしたら、国を分裂寸前まで追い込んでしまうに違いないが、実際には解決可能だ。

もはや見て見ぬふりはできない 

ここ数カ月、ロシアの民族問題は、再び注目を浴びている。議論はとくに北カフカスに集中している。ここは、ロシア国内で最も混乱しており、予測が難しい地域だ。そのことが、問題をさらに先鋭に見せている。

また、チェチェン共和国とイングーシ共和国の指導者同士が国境問題で争っていることや、ロシアのイスラム教指導者のサイード・アファンジ・アリ・チルカウィ師に対する自爆テロが発生したことも象徴的だ。実際には、民族問題を隠ぺいあるいは遮断するのをやめるべき時が、ずっと前に訪れていた。

政治問題を社会問題に移行させた米国 

まず最初に言っておきたいのは、多民族社会というものはどれも、民族間の衝突や分離主義の脅威にさらされる可能性を秘めている、ということだ。このことは、スペイン、ベルギー、イギリス、フランス、カナダといった、欧米の国の経験が示している。

しかし、現代のロシアにとって、最も興味深い例は、アメリカの経験だろう。1968年、黒人の指導者であるキング牧師の暗殺事件後に、人種間の対立の波が起き、アメリカを分裂寸前にまで追い詰めた。

それから40年が経過した今日、この問題はすでに政治的なものではなく、社会的なものへと変わった。国家の人種統合の成功は、オバマ大統領や、黒人の軍人やメディアのアイドルやスポーツのスターの存在に象徴されている。

民族的なあまりにも民族的な 

この点から見て、ロシアで日々、人種間の対立にかかわる事件が増えているからといって、それが定められた運命で、国が崩壊に向うというわけではない。

だが、残念なことに、ロシアの民族政策は、あまりにも長い間、“民族的”だった。

単に、民族ごとに何らかの特恵を与えたり、「最古の土着民」を定めたり、といった対策に流されてしまうことが、しばしば起こっていた。

また、「居住登録」の強化や、「移住者」に対する規制対策について、多くの提案がなされてきた。この移住者というのは、外国人だけでなくロシア国民も含むのだ。

このように民族間に線引きして、民族ごとに管理したり規制したりしてきた結果、人間と人間、市民と市民の関係ではなく、「集団的人格」としての民族間の関係が構築されることになり、ロシア社会の分割化が進んでしまった。

塀で囲い込むのは不可能 

だが、専門家の目には、特定の民族を隔離し「塀で囲み込む」のが不可能なのは明らかだ。北カフカスの人口が増加すれば、この土地の資源は物理的に足りなくなるため、多くの労働人口の流出が止められなくなる。かといって、むりやり流出を止めれば、かえって“爆発”の可能性が高くなる。

とはいえ、今日、そうした状況が変わる気配が見られる。今年8月、サランスクで第1回「民族間関係に関する大統領会議」が開催され、科学アカデミーの権威ある代表者が参加した。そこでは、この極めてデリケートな分野で、新たな民族政策のコンセプト作成が課題として提起された。

科学アカデミー会員のワレリー・ティシュコフ氏は、事態を直視する発言を行った。

「少数派の権利と多数派の権利は、それぞれに個別の空間を設定するというやり方では、守られるものではない。共通の空間を設けることで初めて守ることができるのだ。いずれかの民族を、個別の領土か文化に押し込めて孤立させることは、国に破壊的な悪影響をもたらしかねない」。

単一の市民としての国民 

つまり、「よそ者恐怖症」との闘うための手段は、テロや、民族問題がらみの犯罪と闘う場合と同じだということだ。単一の市民としての国民を形成するしかない。ロシアが「血」ではなく、市民の共同体と寛容さにもとづいた、新しく現代的な民族政策を早期につくりだせば、それだけ早く、形だけではない真の“統一”に近づくことができる。