体の不自由な人の目線に立って

アレクセイ・クデンコ撮影/ロシア通信

アレクセイ・クデンコ撮影/ロシア通信

第3回「ドストゥプ・イェスチ(到達可能)」が、9月16日日曜日、モスクワで行われた。これは、著名人やジャーナリストが車イスに乗って、車イスの障害者とともに、モスクワの目抜き通りのひとつであるトヴェルスカヤ通りを走り、障害者にとってどれだけ使いやすいかを調べる運動だ。参加者らは、店やカフェに入ったり、地下通路を通って道路を横断したりした。

運動は地下鉄「マヤコフスキー」駅近くの「アクアリウム」庭園から、半日の予定で行われ、集合場所となった庭園前広場には、この運動に賛同する一般人など、大勢が集まり、まるで満員電車の車内のようになった。行列はサドーヴォエ環状道路を、「マヤコフスキー」駅方面に向って進み始めたが、すぐに困難にぶつかった。

グループの一部が障害者用エレベーターのある地下通路を通って、トヴェルスカヤ通りを渡ろうとしたところ、エレベーターは2回普通に動いた後、3回目に止まってしまい、一グループが数時間も中に閉じ込められる羽目となってしまった。修理工を呼んだものの、動かすことができず、エレベーターのドアを開けて中にいた人を救出しなければならなくなった。

「到達不可」シールを貼る 

「マヤコフスキー」地下鉄駅の階段と、そのそばに停めてあった自動車の狭い空間を何とか通り抜け、一行はトヴェルスカヤ通りを進み、地下鉄「プーシキン」駅方面に曲がった。駅近くの食料品店の入口には、高い階段があり、ジャーナリストのセルゲイ・パルホメンコさんは、わざと車イスでその階段にぶつかり、店に入れないということをアピールした。

参加者らの判断で、車イスに座った悲しい様子の人の絵と、赤い下線で強調された「到達不可」の文字が記されたシールが、この店のドアに張られた。「到達不可」シールは、ゴールまでの半分の距離も進まないうちになくなってしまった。

この一風変わった運動を見ていた通行人は、不思議そうな表情や、驚いた表情を浮かべていた。車イスに乗った人々と、それを囲むジャーナリストが大勢いる光景は、初めて遭遇したのだろう。止まったり、何事が起こっているのかと興味を示したり、そそくさとわきを通り過ぎたり、著名人を見つけて写真を取ったりと、さまざまな反応があった。

ある宝飾店の警備員は、張られた「到達不可」シールをはがそうとしたが、参加者の叫び声を聞いて、手を引っ込めた。緑色の「到達可能」シールを貼れるケースは例外だった。

渡るに渡れぬ目抜き通り 

さて、地下通路のエレベーターで降りることのできなくなった一行は、交通量の多い通りを横断することにしたが、一行に同行していた警察が、自動車の流れを止めて横断させた。実際には、一人でいる障害者が、テレビカメラのない状態で横断しようとしたら、誰も車を止めてはくれない。

そのため、ていねいな店員がいて、必要なスロープが設置されている本屋「モスクワ」は、障害者にとって理想的なお店だが、このお店側の通りに住んでる人しか行くことができない。

車イスに乗っている人は、トヴェルスカヤ通りを通るよりも、ギリシャ神話のステュクス川を渡るほうが簡単そうだ(ステュクス川は地下を流れる大河で、生者と死者の領域を分ける)。

モスクワの通りは、歩道の縁石は低く、地下通路にはスロープがあり、形だけなら障害者が通れるようになっていた。ただ、誰かの補助がなければ、それを使うことはできない。

一般人の意識改革を 

アレクセイさんは、17歳の時から車イスに乗っている。とても活発な生活を送っていて、最近は国際マラソンから戻ってきたばかりだし、今夏はUEFA欧州選手権も観戦に行っている。

「問題はそこら中にありますが、モスクワは目に見えて改善されていると言えます。スロープ、専用出入り口、また待ち時間は長いですが、車体の低いバスなどが増えました」。

アンソニー・キーディスとアンディ・ウォーホルを足して2で割ったような青年、ウラジーミル・アハプキンさんは、生まれた頃からの車イス使用者で、ロシア初の障害者のモデルだ。

「街の障害者用のインフラは、それがいかにして機能するかということを知らない人が設計しているような気がします。リフトやスロープはただ設置されているというだけで、地下鉄にある障害者用リフトは、使い方を知らない地下鉄職員が多いです」。

ただ、障害者の問題は街のインフラだけではない。社会が受け入れ方を知らないのだ。

障害者の女性の一人はこう話す。「ある時化粧品店に入ろうとしたら、通路は広くて入りやすい入口だったのに、警備員が通してくれなかったんです。障害者がおしゃれをして、お肌のお手入れをしたいと考えることに、驚く人がいます。私たちだって、店に入ったり、カフェに行ったり、クラブに遊びに行ったり、普通の生活を送りたいんです。障害者との相互援助がない限り、完成された社会とはならないことを社会が理解しないと、私たちの状況は改善されていきません」。