イギリスの移動式美術展がロシアに

=アレクサンドラ・グゼワ撮影

=アレクサンドラ・グゼワ撮影

イギリスのキュレーター、ジェイムス・ブレット氏が企画している、移動式「ミュージアム・オブ・エブリシング(あらゆる物の美術館)」が、隠れた独学芸術家を発掘すべく、ロシアの各都市をまわり、モスクワに到達した。

=アレクサンドラ・グゼワ撮影


モスクワでは現代美術館「ガレージ」で 

  ソ連時代に建設されたゴーリキー公園は、改築され、今やモスクワの若者のもっともおしゃれな休息スポットとなっている。バフメーチェフスキー・バス・ガレージの一角にあった現代文化センター「ガレージ」が移転したのも、場所の雰囲気がぴったりだったからだ。「ガレージ」とはいっても、ゴーリキー公園にガレージらしきものは見当たらないが、センターの職員は、自動車整備士の格好をしていて、敷地には、「ミュージアム・オブ・エブリシング」という看板を掲げた大きなトラックが止まっている。

モスクワでは今回、この「ガレージ」が、「ミュージアム・オブ・エブリシング」の開催会場となった。ブレット氏の移動式美術展は、イギリスやイタリアで独学芸術家を何年か探した後、未発掘の才能を見つけようとロシアにやってきた。

ブレット氏は1ヶ月の間に、エカテリンブルク、カザン、ニジニ・ノブゴロド、サンクトペテルブルクを回り、ホームレス、刑務所の服役者、すでに亡くなっている芸術家の作品などを集めた。この美術展の目的は、できるだけ多くの作品を集めて、ロンドンの「テート・モダン」美術館や「セルフリッジ」百貨店に匹敵する、「展示会NO.5」を開催することだ。

なぜロシアか 

ブレット氏は、何となくロシアを選んだわけではない。「この時期を選んだ理由のひとつは、今のロシアを支配している独特な雰囲気です。ロシアの人々は、自分の話を聞いてもらいたい、自己を表現したいと願っています。反抗的芸術作品が見つかるか、とても興味を持っています。あったら喜んで展示しますよ」。

抗議の波だけではなく、ブレット氏にとって、ロシアは意外性と才能に満ちた不思議の国なのだ。「ロシア人はすごくもてなし好きですね。ニジニ・ノブゴロドでは、ごちそうしようとはりきっていた、何人かの芸術家と会いました。テーブルに並べられたごちそうを全部食べないと、作品を見せてもらえないんですよ。3回ほどこのような接待を受けて、1週間は何も食べなくていいほど満腹になりました」。

ブレット氏が見たロシアの芸術家は、17歳から77歳までの男性か女性で、絵を描いているか、彫刻をしているか、本を執筆している。「物理的な芸術作品がない場合もあります。1人の男性は、自分の哲学を語りました。それも“展示”しなければなりませんでした」。

「ミュージアム・オブ・エブリシング」は、ロシアで大盛況だった。作品をつくりながら、発表する機会のなかった人々が、ようやく日の目を見ることができたのだ。「ガレージ」のアントン・ベロフ所長はこう述べる。「サンクトペテルブルクでは、悪天候と寒さから、誰も来ないのではないかと心配していました。でもたくさんの芸術家が来てくれました。ブレット氏は、ひとりひとりに注意を向けていました」。

隠れたロシアの「素朴派」 

20世紀初め以降、ロシアでは、「素朴派」の芸術で大成功した人がいなかった。唯一世界で知られたアウトサイダー・アーティスト(特別な芸術的教育を受けていない、主流から外れた芸術家)は、自分の写真を撮り、その写真に独自のモチーフを描き込むという独自の表現を創り出したアレクサンドル・ロバノフ(1924~2003)だ。以前、モスクワには、アウトサイダー・アートのグループの美術館があったが、閉館した。そのため、今回のような珍しい企画は、他に機会のない芸術家にとって極めて重要なのだ。

「資金を集めるのがとても大変です。ただ、底をついても、この展示会は最後までやりとげ、途中で投げ出したりはしません。多くの美術館が資金を必要としているので、そこから支援を受けようなんてことは考えません。たくさんの人が参加して、この展示会が人気となったら、お金を払いたくなります。私はすでに自分のお金をたくさん使いました」とブレット氏は言う。

有名アーティストたちも、価値ある研究対象として、ストリート・アートに熱いまなざしを注いでいる。

「ミュージアム・オブ・エブリシング」の入口では、ここや「ミシェル・ゴンドリー映画撮影所」で撮影を行っている、映画監督や映画愛好家のグループと出会うことがある。この展示会は撮影用として大人気で、9月中旬まで撮影スケジュールが埋まっている。

なぜ、「ガレージ」は午前11時という遅い時間に始まって、芸術家や監督は午後1時頃ようやくやって来るのかという質問について、職員のマリアさんはこう答えた。「芸術的にこの時間は早すぎるんですよ」。