ロシアのフィリピン人女性

=Getty Images/Fotobank撮影

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私の2歳の娘は、フィリピンに行ったことがないのに、フィリピン人女性を見ると、目が輝き始め、挨拶をしにかけ寄る。モスクワ中心部の小さな公園では、必ず少なくとも1人のフィリピン人女性のベビーシッターに出会う。

2000年当時、ルブリョフスコエ通り周辺の高級住宅街で、フィリピン人女性は伝説となったが、その頃でも今でも、同国の出稼ぎ労働者のことを本当に知るロシア人は相変わらず少ない。

「太陽のない街」 

我が家のベビーシッターのニーナのおかげで、私も私の家族もモスクワ在住フィリピン人の問題を知っている。それは“太陽がない”ことだ。モスクワでは、地下鉄で迷っても、英語で道を教えてくれる人は少ないし、どんな風に生活しているか、興味を持ってくれる人も少ない。フィリピン人にとって薄暗い街なのだ。

もっとも、これには良い面と悪い面がある。モスクワは重苦しくアグレッシブな街だが、人のことを気にかける人は少ないから、ある程度自由だというプラスがある。

特殊な隙間市場で 

モスクワのサービス分野で、フィリピン人(男性はほとんどいない)が従事しているのは、かなり特殊な隙間市場だ。そこに最初のフィリピン人が登場し始めたのは1990年代で、アメリカ人のお付きとしてだった。その後、エキゾチックな女性をベビーシッターや家の掃除婦にすることが、短い間流行し、モスクワでは、日本の会社の現地法人や駐在事務所が増えたことから、数千人のフィリピン人に安定的な市場が生まれたのである。

当のフィリピン人の声を聞く限り、モスクワは、香港や、中東、EU諸国などと比べて、きつい肉体労働に対し、より高額な報酬を払うようだ。ここでは、1ヶ月1200ドル(約9万4000円)から1400ドル(約11万円)の給料になる。

教育水準の高さ 

多くのフィリピン人は知的水準がとても高い。それは、うちのニーナが、私の書斎から選び、娘が寝る時に読んでくれる、ウンベルト・エーコの随筆、移民史のモノグラフといった英語の本の種類で判断できる。

フィリピン人は話題が豊富で、いろいろな話ができる。フィリピンの教育は、40年前のアメリカの教育を取り入れたもので、ロシアでも十分通用する。また、進取的で、小さなビジネスのアイデアを常にどんどん生み出す。これは、彼らがいつも笑顔でいようと努力しているのと同じく、彼らにとっては普通のことだ。

モスクワでは、数百ものさまざまな種類の笑顔を見せられる人は少なく、したがって、ロシア人の大半がフィリピン人を理解できない。

小さなビジネスは、通常、フィリピンにおけるのと同じ理由で、モスクワでも何の利益も生まないため、当地での収入は、雇用労働からしか得られない。それでも、何でも試す。ニーナは教師で、その一番仲の良い友だちも優秀なマーケティング・リサーチャーだし、他にも友人は経済学者、法学者など、さまざまな人がいる。にもかかわらず、モスクワでは、こういったフィリピン人がベビーシッターや掃除婦をしているのだ。

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敢えて不利なモスクワに 

モスクワ在住フィリピン人の多くは、ほとんどロシア語を話せない。だから、彼らはモスクワでは、中央アジアや、何年もモスクワの冬を我慢しているアフリカの労働者よりも分が悪く、フィリピン人が仕事に就けるチャンスはずっと少ない。

それなら、何のためにここにいるのだろうか。多くのフィリピン人にとって、モスクワは、まったく自分たちとは無関係な人間が2000万人暮らす街だ…。

私の知っているフィリピン人のモスクワでの楽しみは、イングランド国教会の合唱サークルだった。

ちなみに、フィリピン人は通常、とても信仰心が厚く、それは仕事ぶりを見ればすぐに感じとれる。モスクワのフィリピン人は、ロシアの文化では見られないような、とても献身的な優しさを、自分が子守をしている子供に見せる。

モスクワ暮らしをする理由は? 

普通に日本人や日本文化と接することができて、とても満足しているフィリピン人がいる。この両国の関係はとても近いのに、フィリピンの多くの街ではそれが不可能だ。

モスクワの生活のリズムは、フィリピンの大都市に似ている。自分の秘密をどうやって守るか心配しなくても良い、お互いに不干渉な街だ。ここでは、誰も相手の名前など気にしないのだから、幸せではないか。不干渉さの度合いでは、ほかに比べられるのは香港ぐらいだが、モスクワはずっと無関心で、ほとんど世界の果てにあると言ってもいいくらいだ。

フィリピン人はそのせいで苦労を強いられている。彼らは、ロシアのあらゆる外国人向けサービスから実質的に完全に切り離されていて、ロシアで病気をすると大変だ。フィリピン料理もほとんど入手できない(中国料理ですら見つけにくい)。言葉の壁、モスクワの厳しい交通事情、治安の問題もある。

活路はインターネット 

その中で、インターネットは、地元の人間以上に、宇宙飛行士が地球と交信するぐらい、フィリピン人にとって大切だ。-15度で、窓の外には恐ろしく冷たい“宇宙”が広がっているとき、世界中の友だちとのスカイプの電話、母国語のニュース、映画、音楽、友人の宇宙飛行士と滞在する狭い部屋、好きなだけ楽しめる地球がある。

モスクワでは、フィリピン人は誰よりも宇宙飛行士のようだ。そして我々モスクワの住人は火星人。我々はヘタな英語でたまにフィリピン人に話しかけるが、ほとんど理解できない。この小柄で、輝いていて、いつもニコニコしている女性たちは、近くに住んでいるのに、何かが近づけないようにしている。

フィリピン人のベビーシッターがいることを喜んでいる我々の子供たちだけが、実在のヒロインのことを知っている。そして、モスクワの街でフィリピン人の姿を見かけると、すぐに反応し、挨拶をしにかけ寄っていくのだ。