ニコライ・プルジェワリスキーが2度目の中央アジア探検に出発


1876年の今日、探検家ニコライ・プルジェワリスキー(1839~1888)が2度目の中央アジア探検に出発した。

探検隊は9人と4頭の馬、それに24頭の駱駝という編成だった。ジュンガリア(中国北西部の盆地)を調査して、“さまよえる湖”「ロブ・ノール」の位置を初めて確定した。この湖は、古代中国の文献とマルコ・ポーロ(13世紀)に言及されているだけの謎の湖だった。

この地は、シルクロードの途上にあり、漢の時代には、湖の西岸に都市国家「楼欄」が栄えていた。

プルジェワリスキーは、陸軍大学出身の軍人で、1867~1869年には極東のウスリー地方の調査し、70~73年には、モンゴルと中国を探検し、「モンゴルとタングート人の国」を発表している。

彼は、崑崙山脈、チベット、黄河の水源などの調査研究を行い、プルジェワリスキーウマ(蒙古野馬)など多くの動植物を発見して、標本を採集した。

プルジェワリスキーは、5度目の中央アジア探検に出発した直後、川の水を飲んで腸チフスに感染し、イシク・クル湖近くで亡くなった。