ロシアの国旗の日

=タス通信撮影

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三色旗の数奇な運命

 1991年の今日、ソ連保守派が起こした8月クーデターが失敗した後で、ホワイトハウス(ロシア共和国最高会議ビル)に、ソ連の国旗(赤旗に鎌と槌)に代わるものとして、初めて公式に、白青赤の三色旗が掲げられた。

 そしてこの日、同最高会議の臨時総会で、三色旗を国旗と定める法令が採択され、今日にいたっている。

起源は17世紀 

ロシアで初めてこの旗が掲げられたのは、17世紀のアレクセイ・ミハイロヴィッチ帝(ピョートル大帝の父)の時代のことで、軍艦「オリョール号」の船上だった。この船は、1668年にオランダ人技師が建造したものだ。

もっとも、この船と旗は、それからほどなく、ボルガ川をアストラハンに下っていたときに、大反乱を起こしたドン・コサック、ステンカ・ラージンの手の者によって、焼き討ちにされてしまう。

ピョートルが商船の旗に 

三色旗の「法律上の父」はピョートル大帝だ。彼は、1705年1月31日に、「すべての商船」はこの旗を掲げることという布告を出し、自ら色の順序などデザインをした。 

三色はそれぞれが或る意味をもっていたが、はっきり突き止められてはいない。一説によれば、白は自由、青はロシアを守護する聖母、赤は大国。ほかに、白は高貴さ、青は誠実さ、赤は、ロシア人もちまえの勇気と寛容、という説もある。

初めて公式に国旗になったのは19世紀末

 しかし、三色旗が公式の地位を得たのは、ようやく1896年のことだ。ラストエンペラー、ニコライ二世の戴冠式前夜、法務省が、国旗は唯一、白青赤の三色旗たるべきこと、と定めた。

だが、ロシア革命後の1918年に、ヤーコフ・スヴェルドロフの発意で、三色旗を廃し、赤旗に代えることが決められた。

ロシア共和国最高会議で、その決定を再度破棄し、三色旗を復活させたのが1991の今日のことである。