ロックバンドの老舗「ムミー・トローリ」

カリスマ的なイリヤ・ラグテンコ(43)率いるロシアのロックバンド「ムミー・トローリ」は、20年以上もロシアのトップのグループとして活躍して来たが、最近は英語圏の聴衆獲得にも力を注いでいる。

「世界で最も社会的に危険なバンドのうちの一つ」と言われたこともあるムミー・トローリは、アメリカツアーを最近終え、ロサンゼルスでレコーディングされた初の英語アルバム、「ウラジオストク」をリリースした。
 グループは現在、ギネスブックに掲載されている世界最大の帆船「セドフ」号に乗り、世界ツアー中だ。航行中、メンバーはコンサートやファンサービスのために船を降り、新しいロシア語でのアルバムもレコーディングする。

 クセニア・グルブスタイン記者がアメリカツアー中のイリヤ・ラグテンコさんにインタビューした。

 ―なぜ14ヶ月の航行中に新しいアルバムを録音しようと思ったのですか?

 世界を航行中、普通の「観光客」が受けない刺激や影響を受けたいと思っています。子供の頃、ロック歌手より船乗りになりたかったんです。変だけど、ロックスターになる方が簡単でしたね。未だに夢を抱いていて、なんとか実現させたかったのです。

「ムミー・トローリ」バンド

日本でも人気のロックグループの老舗で、札幌でのライブ公演の模様はNHKでも衛星中継された。1983年にウラジオストクで結成され、かつてソ連当局に「最も危険なバンド」のレッテルを貼られた。ヒット曲に「ウラジオストク2000」など。ボーカルのイリヤ・ラグテンコさんは、極東国立大学卒の元々は中国専門家で、日本関係の著書もある。

―14ヶ月は長すぎると感じませんか?家族などに会いたくなりませんか? 

 いつもこのバンドを、放浪するアホウドリと比較します。アホウドリは船を数千キロ追い続けることがあるが、必ず故郷に帰ってえさを食べ、繁殖することが出来る。


―アルバム「ウラジオストク」は、マイク・クリンク(ガンズ・アンド・ローゼズ、メタリカ、トーリ・エイモス、メガデスなどのプロデューサー)、ジョー・チッカレリ(ザ・ストロークス、マイ・モーニング・ジャケット、トーリ・エイモス、ザ・キラーズ)とグレグ・ブリムソンなど、アメリカの有力プロデューサーと録音されました。彼らと仕事するのはどうでしたか。 

 実は、「金さえ払えば後はこっちのもの・・・」という訳ではなく、いろいろと大変でした。まず、最近は英語でアルバムを録音していましたし・・・

―シングルの「レディー・アルパイン・ブルー」は2001年に、「ラッキー・ブライド」は2002年にリリースされましたよね。 

はい、しかし全アルバムを英語で録音する準備はできていなかったのです。ロシア語のアルバムをつくるより、熟成するのにより時間のかかるものです。

アメリカのプロデューサーに関していうなら、彼らとレコーディングをした後、プロデューサーの役目は、第二の頭脳だと分かりました。とても面白くて、有意義な経験でした・・・録音機材がモスクワであろうと、ニューヨークであろうと、どこにあるかは関係ないのです。優れたプロデューサーは、自分が何を求めているのか理解するのを助けてくれて、同時に、自信をつけてくれます。

―今はどこで大半の時間を過ごしますか?ウラジオストク?モスクワ?ロンドン?それともロサンゼルスですか? 

 実は、ずっとツアー中です。家族は気の毒ですが、ここ数年はかなりの間家を空けています。近々このペースを落とすつもりはないです。これが演奏家の人生で、必要なことなんです。楽ではありませんが、これを続けるのに十分な野心とエネルギーが私にはあります。けど確かにこれは肉体的にも精神的にもきついです。

帆船セドフ号

セドフ号は、1921年にドイツで建造されたバーク型帆船。第2次大戦終結まで食料の運搬などに従事していたが、選後、ソ連に引き渡された。現在は、航海練習船として活躍している。船名は、ロシアの北極探検家ゲオルギー・セドフに因む。全長117,5メートルで、同じくバーク型の日本の海王丸と日本丸より20メートルほど長い。バーク型は、3本以上のマストがあり、最後尾のマストに縦帆(じゅうはん)が、他のマストには横帆(おうはん)がある。

―中国はどうですか?私の感覚では中国はあまりにも広大で、一度中国ツアーをすれば、それで一生食べていけそうな気がします。 

 論理的にはそうですね。私の持論では、1970年代80年代に、中国はあまりにも外部からの影響を遮断していたため、ロック音楽はあまりこの国に浸透しなかったと思います。ロック音楽はあまり評価が高くありません。国が徐々に開放的になって来ても、国民は台湾や香港のポップスに興味を持ちました。だからローリング・ストーンズが中国公演をやった時、観客があまり集まらなかったのです。観客の大半は中国在住の外国人でした。ですから、私にとって、中国ツアーは、音楽による外交という感じがします。

―最近、ふるさとのウラジオストクにはいつ行かれましたか。 

コンサートなどのイベントで、しょっちゅう行きます。最近の市の変化にはインスピレーションを受けます。ルースキー島への新しい橋や、極東大学の新館や、ビザなしで入国できる空港などいろいろとあります。子供の頃聞いた近未来的な計画がようやく実現され始めていると感じます。

地域の政治家と個人的に交友があるので、ようやく、この人たちは地域の将来を考え、そこに住む若い人たちのことを思いやってくれるようになった、と信じたいです。今、何か新しいことをするには、ウラジオストクはロシアの中でも最もやりやすい場所のうちの一つだと思います。これは人々に希望を与え、新しい投資を呼び寄せます。行ったことある人なら誰でも認めます、ウラジオストクはユニークな場所だということをね。素朴ではありますが、素朴なのも魅力のうちの一つです。

―海外で働いていて、ロシアという国を一言でくくるとしたら、どんな一言になりますか?
 ロシアには、ムミー・トローリの歌のようであって欲しいです。美しく、得体の知れないところがあって、時には喜びに溢れ、時にはメランコリックで。

ロシア全土がこうであったらいいと思いますが、ロシアの音楽ですら、こうではありません。なので、外国人には、我々の音楽のような良い例を聴いてロシアを発見して欲しいと思います。(笑)