北ロシアの古都ベロゼルスク

 モスクワの約500キロ北に位置する古都ベロゼルスク。ここにロシアの北部で最もユニークな博物館の一つが、クレムリンの敷地内に開館してから10年になる。

写真提供:Lori/Legion Media、PhotoXPress、Geophoto、タス通信 

ボログダ州にあるベロゼルスクは、ノブゴロド、ロストフなどとともにロシア最古の町の一つで、原初年代記で初めて言及されるのが862年。今年8月に1050周年を祝う。

原初年代記によると、ノブゴロドのリューリク公の弟シネウスが、862年にここの公になった。リューリクとその兄弟は、ノルマン(バイキング)の出身だった。

ベロゼルスクは、ベロエ湖(白湖)の南岸にあり、「白い湖の町」を意味する町の名も、そこから来ており、湖畔の絶景で知られる。しかし、クレムリン(イワン3世の建造)の敷地内にあるユニークな博物館がある町として有名であってもおかしくない。

まずは軍事史クラブを創設 

博物館の創設者であるイーゴリ・ルチンさんは考古学者だ。やはりボログダ州にあるチェレポベツ市からベロゼルスクに移り住んだとき、ルチンさんがまず手がけたのは、軍事史クラブ「シネウスの戦士」の創設で、地元の人々に歴史の再現に参加するように呼びかけた。

時が経つにつれ、11世紀~14世紀の手作りの服、生活雑貨や武器が、博物館の「公の親衛隊員宿舎」の展示の中核となった。

 クレムリンの入り口で観光客に挨拶するガイドは、古代の公の親衛隊の服装をして出迎える。いかにも本物らしい。ルチンさんとその家族も時折、古代の服装をして、観光客を迎える。ルチン家は子沢山で、6人の子供がいる。

 援助なしで家族で運営 

ルチンさん誇らしげに、博物館の規則を説明する。

「博物館内のものは何でも触っていいばかりでなく、自分で試して、着てみるようにおすすめしています。私たちは全ての展示物を、先祖がそうしていたように、天然の材料から作っています。例えば、赤いシャツは、樫の木皮の煮出し汁で染めています。収益はぜんぶ博物館の運営費に当てておりまして、どこからも援助を受けていません」。

「親衛隊員宿舎」が成功したので、ルチンさんはさらに博物館を拡大することにした。

「『親衛隊員宿舎』が火付け役となりました。人々が自分の町に興味を持ち始め、より多くの人が訪れるようになりました。現在、ベロゼルスクは町のブランドを模索中です。中には、同じボログダ州のベリーキー・ウースチュグ市を真似て、昔話のテーマパークを創ろうという人もいましたが(クリップ参照)、私たちは歴史に依拠することにしました。実は、ベロゼルスクは、バイキングの故郷からアラブへ行く道中にあったので、彼らはしばしばこの町を訪れていました。それで、バイキングの家を建てることを思いついたんです」。

ベリーキー・ウースチュグ市のマロースじいさんと雪娘の家

ロシアのクリスマスといえば、主役は「マロース(厳寒)じいさん」で、その名の通り、寒さの人格化。古くから東スラブの民話に現れる。100年ほど前に西欧のサンタクロースのイメージと混ざり合った。

郵便番号162350、ボログダ州、ベリーキー・ウースチュグ市、ビノグラードフ通り4番地。

1999年からマロースじいさんと雪娘はこの住所に住んでいる。モスクワから北東900キロだ。ユーリー・ルシコフ前モスクワ市長がなぜかこの地をマロースじいさんの生まれ故郷とすることを提案し、地元当局と共同で二人の家を建て、観光地化した。子供がここにじいさん宛に手紙を出せば、ちゃんと返事をくれるはずだ。

 

「バイキングの家」を増設 

「バイキングの家」では、ルチンさんが古ノルド語でバイキングの歌を歌い、訪問者には生皮の衣装をまとい、石臼で穀類をひき、自家製エール(ビール)を飲むように勧める。

博物館は、専用の醸造師と、粗鋼を繊細な薔薇の花びらに変えられる鍛冶屋を雇っている。別途、子供用のプログラムもあり、矢を射たり槍投をしたりできる。主な観光ルートからは外れているが、年間1万人以上の人々がルチンさんの博物館を訪れる。ベロゼルスクの人口は1万人ほどであることを考えれば、大した数だ。

 「しかし、残念ながら、ベロゼルスクには外国人を受け入れる体制が整っていません。唯一の観光会社のクニャージェスキー・ドーム(公の家)には3人しか従業員がいません。地元政府の人と会うときはいつも、クレムリンの中をもう少しきれいにしてくださいと頼みます。そうすれば、観光客が水たまりの中を歩かなくて済むのです。でも、町の中には、我々が何もかも全部修理しなければいけないと思っている人もいるんですよ。『我々の歴史で金儲けしてるんなら、最初から最後まで全部自力で復元しろ』って」。