ピョートル・ストルイピン
1906年の今日、ピョートル・ストルイピン(1862~1911)が、帝政ロシアの首相に任命された。彼はロシア史上最も重要かつ悲劇的な政治家の一人で、ロシアでは近年再評価が進んでいる。
彼は、革命派を容赦なく弾圧しながら、ロシアに自作農を創出し、それを基盤に国の近代化を図ろうとした。とくにシベリアと極東の発展に力を尽くした。
シベリア鉄道建設での貢献も大きい。1903年に同鉄道は一応完成したが、満州、ハルビンを通る東清鉄道が極東部分のルートだった。ストルイピンは、国会(ドゥーマ)に予算を認めさせて、ロシア領内のアムール川北岸→アムール川→ハバロフスクを経由する現在のルートを建設しようとした。
しかし、彼はその竣工をまたずに、1911年、キエフで観劇中に皇帝ニコライ二世の眼前で暗殺された。
2008年にロシアのテレビ局で、「ロシアの名」という、国を代表する人物の人気投票が行われたが、ストルイピンは、13世紀の救国の英雄、アレクサンドル・ネフスキーに次いで2位となった。ちなみに、3位は独裁者スターリン、4位は詩人プーシキン、5位はピョートル大帝だった。
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