大きな耳についての詩

=Alamy/ロイター/タス通信撮影

東京の大型ショッピング・センターの玩具店。ロシア人の一行は、一番目立つ棚に案内される。棚は、夢のチェブラーシカ・ワールドだ。大きなチェブラーシカ、小さなチェブラーシカ、栗色のチェブラーシカ、白いチェブラーシカ(オリンピックのロシア選手団公式応援マスコット)、抱き合っている双子のチェブラーシカさえある。その横には、大きな耳のチェブラーシカの絵のついた土産物がずらりと並ぶ。ロシア・アニメの主人公チェブラーシカが日本人、とくに日本の女性たちに愛されるようになって、もう10年になる。

ロシア=チェブラーシカ 

「ロシア? とっても寒い。エルミタージュでしょ、ドストエフスキーでしょ…」。偶然知り合いになった菜穂さんは、ロシアという、すぐ隣なのに遠く離れた国について、聞いたことを懸命に思い出してくれる。「それにチェブラーシカ! あたしよく知っている!」。

ソ連のアニメ映画『チェブラーシカ』が日本で初公開されたのが2001年。3年前には、ロシアのアニメ主人公たちの冒険を題材にしたテレビアニメ作品が日本で製作された。日本バージョンの『チェブラーシカ』にも、わにのゲーナや、怪盗ばあさんのシャパクリャクなど、オリジナルのアニメ主人公たちが登場する。吹込みにはトップクラスの声優らが招かれた。

日露合作で新作アニメも 

さらに2010年には、人形アニメの新作が日露合作で、中村誠監督のもとで作られ、アニメーション作家ユーリ・ノルシュテインらの激賞を受けている(中村監督のインタビューはこちらで)。このチェブラーシカ・プロジェクトのジェネラル・プロデューサーは藤原博行さんだ。

「チェブラーシカとノルシュテインの「霧につつまれたハリネズミ」は、正教文化の特徴をもっていると思います。日本人は、そんな主人公たちに、心底からつよく惹かれます」と藤原さんは言う。「美術担当のレオニード・シュワルツマンは、チェブラーシカをとてもバランスのよい姿にしてくれました。だから私たちはすっかり気に入ったんです」。

都会の片隅で 

チェブラーシカは日本文化のコードに理想的に溶け込んだ。だが不思議なことに、日本の子どもたちは、異星人の姿の生き物にはあまり興味を示さない。チェブラーシカは、若い女性たちのヒーローで、30歳をこえた女性たちにさえ好かれている。

「すべては生活様式のせいです」と藤原さんは説明する。「日本の女性は徐々に、雇用面で男性と対等の権利を獲得したが、手心を加えられることは決してなかった。うちで働く女性も、9時半から11時半まで仕事をして、さらに土日にもオフィスに来ます」。

「こんなリズムの生活では、好きな男性と会って、家庭をもつのが困難になるというのも不思議ではない」と藤原さんは続ける。

「日本の女性たちは、チェブラーシカが現れるまで、そんなふうに、都会の孤独なマンションの部屋で、静かに老いていった。男たちが、一杯やって、一日の終わりに友人たちとくつろげるとしたら、女性が急いで帰宅すると、やわらかい、やさしい生きものが待ち受けている。その生きものを抱きしめて、自分の未来の子どもを思い描くことができる―。もしチェブラーシカが現実に存在していたとしたら、まさしくそんな姿だったでしょう。多くの日本人が、そんな生きものを家に飼って、その世話をしたがると思う」。

「チェブラーシカと世界芸術の傑作」展も企画 

だがチェブラーシカにも、競争相手は少なくない。人気アニメヒーロー・ランキングで、チェブラーシカは75位だった。ディズニーのミッキーマウスや、ネコ型ロボットのドラえもん、キティーちゃん、ポケモンなどに先を越されたのだ。

しかしチェブラーシカ・プロジェクトを推進する人たちは自信をもっている。100位内に入って、これだけの年月、それを維持するだけでも、ありえないような話だ。日本には何千ものアニメ・キャラクターがいて、その多くがすぐに忘れられてしまうのだから。もっとも、日本のアニメ市場全体でチェブラーシカが占める割合は、0.18%にすぎない。プロジェクトへの投資で元がとれたのは、今はまだ3分の1。

だが「それは何でもない。チェブラーシカの真の価値はお金では測れない」とプロジェクト関係者らは言う。彼らはたとえば、「チェブラーシカと世界芸術の傑作」展を企画しており、チェブラーシカの生みの親であるエドゥアルド・ウスペンスキーの絵本と、ロマン・カチャーノフ監督の人形アニメの記念日に向けて、特別のアルバムを出版した。

チェブラーシカが日本に根付いたのは、もうガイジンとしてではない。

「私たちはチェブラーシカの民族などを考えてはいない。ただチェブラーシカが好きなだけ」と日本人たちは言う。