陸軍幼年学校がフツーのエリート学校に

=タス通信撮影

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西シベリア・オレンブルク市の陸軍幼年学校は名ばかりで、実際にはイギリスやスイスのエリート養成学校に近い教育施設だ。質の高い教育や規則は、軍隊のイメージとはほど遠い。

柵に囲まれた広大な敷地には、歴史的建造物、スタジアム、噴水付き東屋がある。南ウラル地方のオレンブルグ市中心部には、対空ミサイル砲兵連隊大学があったが、この陸軍幼年学校に変わった。

歴史学博士のタチアーナ・マシュコワ同校校長によると、夏季には生徒の多くが成績次第でモスクワ、サンクトペテルブルクや、海外に研修に行けるという。

「生徒はここで学び始めて2年が経ちましたが、学習意欲と自信を持っているようで、とても嬉しいです。ここでは特定の科目を学ぶことを強制していません。生徒が自分たち自身で選んでいるのです」。

内容の濃い一般必修科目以外にも、さまざまな選択科目が用意されている。生徒は授業の中で、自分たちで物を作ったり、撮影したり、本物の恐竜のような3Dモデルを描いたりもしている。

超豪華な“兵舎”

寮の脇にはサッカー場がある。マシュコワ校長によると、この学校には軍事教練はなく、練兵場にも行かないという。その代わり、一般的な体育とスポーツがあり、敷地内には体育館9カ所、プール、それにテニスコートと運動場が6カ所がある。

寮は「兵舎」と呼ばれてはいるものの、実際にはマンションのようで、似ても似つかない。ベッド2台、液晶テレビ、ノートパソコン付きの勉強机が置かれた広い寝室に、クローゼット、バスルームという2人用の部屋だ。

全ロシア陸軍幼年学校生徒合同連盟、およびスボーロフ陸軍幼年学校生徒・ナヒモフ海軍幼年学校生徒・陸軍幼年学校モスクワ協会のアレクサンドル・ウラジーミロフ名誉会長はこう言う。

「陸軍幼年学校なんて感じじゃないです。制服も軍事教練もありません。全ロシア幼年学校の集会があれば、スヴォーロフ陸軍幼年学校やナヒーモフ海軍幼年学校の生徒が他校の生徒と違うことは一目瞭然です」。

レストラン風食堂

食堂で生徒と話をしてみた。食堂にある大型デジタル画面には、各2種類のスープ、主菜、デザートのオプション・メニューが表示され、好きな方を選ぶ。サワークリームとジャムのかかったチーズ・パンケーキをもぐもぐと食べるニキータ・スクバク君は、軍人を選択することもできたが、芸術家の道を選んだという。コースチャ・シェルバコフ君は、数年間は軍隊に勤務するが、その後は科学の道に進みたいと考えている。「将校」という文字もちらつかないではないが、そちらを目指すのは気が進まない。

大統領の鶴の一声で

なぜこんな学校が陸軍幼年学校と呼ばれるかは、結局よく分からなかった。メドベージェフ首相が大統領だった2009年、各連邦管区に「陸軍幼年学校」を設立するという構想を大統領自身が打ち出したことを考えると、メドベージェフ氏には、この名前へのあこがれがあったのかもしれない。

オレンブルクの使用されていなかった対空ミサイル砲兵連隊大学の兵舎に、国内初となる、幼年学校という名の、フツーのエリート学校が建設された。その後、ロシア南部のカフカスに近いスタブロポリに1校、また今年9月には、クラスノダールとシベリアのチュメニに新たに開校される。その後はウラジオストク、サンクトペテルブルク、モスクワ、イルクーツクに計4校が建設される予定だ。

テストケース

オレンブルク校は最初に設立されたため、他校の今後を占う試金石となっているが、初っ端から問題が起きた。2010年8月末、入学試験の結果に不満を感じた数百人の保護者が、新校舎近くに押し寄せた。入学人数を500人としていたにもかかわらず、実際には360人しか合格させなかったのだ。多くの保護者や生徒が、試験の点数がまったく選考基準とならなかったと主張した。

15歳のミーチャ君は「12点だった友だちが合格して、16点取った僕は不合格になった。その友だちには親がいなくて、里親と生活してるからっていうのが理由。僕には親がいるから」。確かに、学校が設立された際、孤児や軍隊関係者の子供が優先されるということは強調されていた。

メドベージェフ氏は同年9月にこの学校を訪れ、「無駄な投資のない本物の学校」と呼んで賞賛、生徒のために写真現像室を開設し、「今後はいかなる場合でも援助していく」と約束した。

「コメルサント・ジェニギ」誌の記事の抄訳