ロシア版「セックス・アンド・ザ・シティー」

「幸せな生活の短期コース」 =タス通信撮影

「幸せな生活の短期コース」 =タス通信撮影

世界中で一大旋風を巻き起こしたアメリカの連続テレビドラマ「セックス・アンド・ザ・シティー」は記憶に新しい。4人のニューヨーカーがラグジュアリーなファッションに身を包み、ゴージャスでスタイリッシュな生活を満喫しながらも、さまざまな恋愛や性の問題に直面する姿を描きだした物語だ。このロシア版とも言うべきドラマ「幸せな生活の短期コース」が3月からテレビで放送され、すでに500万人の視聴者を獲得している。

ナレーションはイリーナ・ハカマダさん 

「あなたはキュートで優しくて、でも一人ぼっち。男性からの誘いや、誘ってくれるような男性との出会いを何年も待ち続けているのに、時は非情に過ぎて行く。それはあなたのプログラムが機能してないってことなの。ロシアで何十万人もの女性を救ったコースがあなたを救えるかも」。

毎回このナレーションからドラマが始まる。これを読んでいるのは、日系ロシア人の企業家で、企業問題担当相や国家会議(下院)副議長を務めたこともあるイリーナ・ハカマダさん(57)だ。現在は政界から退き、本来の企業人としての活動に専念しているが、過去20年で最も影響力のあったロシアの女性政治家に違いない。

イリーナ・ハカマダ(57)さん

1955年4月13日モスクワ生まれ。父は、日本共産党幹部の袴田里見の弟で、1939年にソ連に政治亡命した袴田陸奥男。母はロシア人女性、ニーナ。青山学院大学教授、袴田茂樹氏は異母兄。

経済学博士(モスクワ大学)。元下院議員(3期)。企業問題担当相。元「右派勢力同盟」共同議長。元下院副議長。2004年には大統領選挙に立候補。ロシアで最も有名な女性の一人で、企業家、政治家としての能力が高く評価されている。

そのハカマダさんが、ドラマでアラサー(30歳前後)の女性を対象に、伝統的な家族像が失われているロシアで、「いかにして人生をつかむか」を手ほどきしている。ハカマダさんは3回の結婚歴がある(現在の夫はエコノミスト、ウラジーミル・シロチンスキー氏)。

女性監督の特異なコンセプト 

「幸せな生活の短期コース」の監督は、「スキャンダル女子」というドラマを以前監督したワレーリア・ガイ・ゲルマニカさん(28)で、そのドラマの名前は彼女の代名詞にもなっている。映画監督なのに、「映画は一切見ない」とか。生み出される作品は好き嫌いがはっきり分かれ、中間的な意見はない。

彼女の撮影方法「新しいドラマの原則」は独特だ。毎回リハーサルなしで1テイクで撮るばかりか、俳優は台本を丸暗記せずに、筋だけ頭に入れておいて、その場で、自分の言葉で自然な会話をする。でき上がった作品を見ると、生活の一部を切り取ったドキュメンタリーを見ているような錯覚を起こしてしまう。

超リアルな現実の超リアルな再現

「幸せな生活の短期コース」のストーリーは全体的にシンプルなものだ。

ワレーリア・ガイ・ゲルマニカ(28)さん

本名:ワレーリア・デゥディンスカヤ

1984年3月1日モスクワ生まれ。父は、イゴリ・デゥディンスキー、新聞記者。母は、ナタリヤ・ラザレワ、主婦。2008年に娘オクタビヤが生まれた。

同じ就職斡旋会社に勤務する4人の女性が主人公で、それぞれが離婚、不幸な結婚、三角関係といった悩みを抱えている。全16話の物語のなかで、これらのモスクワのアラサー女性がかなわぬ夢、つまり愛を探す。

最初は「セックス・アンド・ザ・シティー」をモスクワ風にアレンジしただけかと思うが、こちらの方がより深く、心の琴線に触れてくる。

主役の35歳のサーシャは、孤独で自由な女性だ。離婚していて、小さな息子と、自分の母親と祖母と4人で暮らしている。ある日ナイトクラブでピョートルと出会い、その夜をホテルで共に過ごす。翌朝、新しい職場に初出勤すると、職場でピョートルが自分の新しい上司であることを知る。

新しい同僚である他の3人の女性にも、紆余曲折がある。1人は不妊で悩み、1人はひどい結婚生活を送っている。一番若い最後の1人は、彼氏を見つけることができない。

離婚率70%

現在、ロシアの離婚率は約70%となっており、婚姻歴が数回あっても、驚く人はいない。「青い鳥」を探してはいるものの、見つけることができない。現代の生活のあり方では、結婚して幸福になれるような相手に出会うのは難しいのだ。

ドラマのヒロインたちの生活は、基本的に私たちみんなと変わらない。仕事、家、子供、夫婦、どれも似たり寄ったりだが、何をしてもうまくいかない。何が原因なのだろう。

ヒロインたちはみな自分のことにかまけて、周りを気にせず、むしろ周りの人間に「寄生」して依存し、血を吸う寄生虫さながら、お金、車、アパートなどを「吸い上げる」。寄生虫たち、つまりヒロインたちは、無意識のうちに、自分自身が寄生されて「被害者」にならないように、最初から周囲の人間に対して身構えている。人との関係が近くなるたびに、裏切りや嫌な目に遭って終わる。嫌な目に遭いたいとも遭わせたいとも思っていなかったのだが―。

視聴者は貶しつつも画面に釘付け 

ロシアのインターネットでは、このドラマについて議論が巻き起こっている。ゲルマニカ監督を称賛している人、監督のポスターを破り捨てる人、「田舎に行って現実の生活を見て来い」と言う人など、さまざまだ。しかし、そんなことを言いながら、ドラマは見続けている。

男性(50)のコメント。「不快なドラマ。真の家族像を否定するアンチプロパガンダだ。若者がこれを見たら、結婚して子供を作る気がしなくなるだろう。ゴールデンタイムにこんなものを放送してほしくない」。

女性映画評論家(36)のコメント。「自分たちの姿を見ているようだわ。そのものでしょ。自分を向上させようともせず、ステキな彼氏に気に入ってもらえれば、あとはなんでもかまわないとか、ファッション雑誌以外は読まないとかね。乱れた性生活も普通だし。子供だってデキちゃったから産んだだけで、子供に対する愛情は希薄。変わろうとか向上しようとかそんな気はなくて、空っぽの胃袋みたいに、周りの人や流行に流されるだけで、欲しい物は何としてでも手に入れるとか。大多数に深く浸透している心理状態をリアルに映しているわね。このドラマがこんなに受けるのは、私たちの人間性が低下している証拠じゃないかしら」。

解決はまず問題認識から… 

ドラマのなかで最もショッキングな場面は、退屈極まる家族生活だ。夫婦、恋人、親子の間には何の話題もない。家族の会話はいつも険悪な雰囲気で終わる。だから、夫婦は何かについて話し合うことも、それで問題を解決することもできない。

私たちは、このような「日々の現実」を突きつけられてどうするか。あたかも何の問題もないように、そこから逃避することもできるし、周りの人間に目を向けて、理解し、問題を乗り越えようとすることもできる。だから、この秀作は物議を醸しつつも、皮肉にも、大都市モスクワでは忘れ去られようとしていた「隣人愛」を私たちがとりもどす助けになりうるのだ…。

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