セルゲイ・スタロスチン:ロシアのオリジナルな民族音楽

民族音楽、民謡をオリジナルな形で学び、演奏する音楽家は少ない。その結果、これらの音楽は、あまり知られぬまま、忘れ去られ消滅しかねないが、幸い、ロシアにはまだ本物の民謡が存在している。音楽家セルゲイ・スタロスチン(56)さんは、それらを採集し、演奏して広めようと奮闘しており、イギリスのBBC(英国放送協会)にも注目されている。

前歯で決まった専門

セルゲイ・スタロスチン

 ディスコグラフィー
  • Prayer (1996)
  • Folk Dream (1995)
  • Hamburg Concert (1996) 

 セルゲイさんは子供時代、モスクワ児童合唱団で歌っていた。ある日クラリネットの先生が現れ、団員を並べて「口を開けてください」と言った。セルゲイさんの2本の切歯(せっし)(ものを噛み切る歯で、前歯を構成している)がクラリネットにとても適していることがわかり、以来、管楽器が彼の専門になった。

 モスクワ音楽院では、未来の妻と民謡に出会った。彼女は当時、音楽理論学部の1年生だった。セルゲイさんは彼女から、民謡を採集に行くので、一緒に付き合って「テープレコーダーを運んでね」と頼まれ、二つ返事で承知した。セルゲイさんは重いテープレコーダーをひきずって、彼女がリャザン州(モスクワ州の東南に隣接)の民謡を録音するのに付いて回った。

 

見知らぬお祖母さんの歌で民謡に開眼

 「リャザン市郊外の村で、知らないおばあさんの家に呼ばれたのですが、お茶などでもてなされ、歌を披露してくれました。聴いたことのない自然で民俗的な音色でした。正規の音楽教育を受けたわけでもないのに、説得力十分でしたね」。

ロシア民族音楽の世界進出

現代的な民族音楽が制作される機会は増えてきている。ロシアの場合も例外ではない。イギリスの有名なミュージシャン、ピーター・ガブリエルさんは、ロシアの「ポクロフスキー・アンサンブル」や「テレム・カルテット」アンサンブル、またトゥバ共和国(モンゴル北西部に接する)の喉歌(のどうた)の歌手であるコンガルオール・オンダルさんらとコラボし、イギリスでCDを発売した。

喉歌(ホーメイ)とは、アルタイ山脈周辺の民族に伝わる独特の歌唱法。オンダルさん率いるトゥバのグループ「フーン・フール・トゥ」は、日本や欧米で公演し、大きな反響があった。

 在学中の4年間、音楽院の民族音楽アンサンブルの集まりに足しげく通った。途中、兵役によるブランクはあったが、卒業後、大学に残った。

 1年に数カ月はロシア各地を回り、民謡や伝統管楽器を探し歩いたが、既に当時、これらは希少となっていた。

 「トベリ州(モスクワ州北西に隣接)の角笛を持ち帰りましたが、これはほとんど忘れられかけていたのです。私はこの角笛で今も演奏しています。さらにカリュカ(倍音フルート)、グースリ(弦楽器)など、いろんな楽器が増えていきました。歌も数千曲集めました。私のコレクションはどんどん増え続け、あとは出演の時を待つだけでした」。

 

愛があれば蘇る

 民族文化を復活させようとする人間の目的は、まず人々に自分の文化への愛を目覚めさせることにある。愛が目覚めれば、もっと知りたいという興味が生まれるのは自然の成り行きだ。

 「昔、マースレニツァ(冬を送るカーニバル)は、『クリボシェイカ(曲がった首)』と呼ばれていましたが、今はそれを知っている人はあまりいません。『シローカヤ・マースレニツァ』(大謝肉祭。最後の4日間)では、お互いの家を訪問し合い、その家のお上さんが娘婿をもてなしている様子を窓越しに必ず覗きました。窓敷居の上には料理の取り皿が積み重ねられますが、その高さで、どこのお上さんが一番かを決めたのです。皿の山を見上げる時に首が曲がったので、こんな名前がつけられたわけです」と、セルゲイさんは薀蓄の一端を披露する。

 

過去と現在の対話

 2002年、セルゲイさんはラジオ局「BBC」の「ワールド・ミュージック」賞にノミネートされた。主催者は毎年、世界の民族音楽から印象深い音楽を集めている。

セルゲイさんは今後の抱負について語る。

 「若者を含めてすべての世代が、自分の文化から遠く離れてしまっている中で、私たちは行動すべきか否か、という選択を迫られていると思います。私たちが積極的に動くことで、他の音楽家の協力も得られ、転がる雪の塊がだんだん大きくなっていくように、本物の民族音楽を徐々に復活させられるでしょう。それで、皆さんのルーツ探しのお役に立てば、と心から願っています」。

 セルゲイさんは、ヨーロッパやアジアの民族音楽家とも提携している。民謡にエレキベースや強烈な打楽器を加えて、ファンク・サウンドや前衛的なリズムを生み出したりすることもある。まさに現代と過去が隣り合わせで、見事に融合しているのだ。