女子テニス界に君臨するロシア

=アレクセイ・クデンコ撮影/ロシア通信

=アレクセイ・クデンコ撮影/ロシア通信

マリア・シャラポワ(25)が、今年の全仏オープンで生涯グランドスラム(4大国際大会制覇)を達成し、WTA(女子テニス協会)のトップ100ランキングで、4年ぶりに1位に返り咲いた。トップ100に入っているロシアの女子プレーヤーは、彼女を含めて11人を数え、世界を圧倒している。また、彼女たちは、その実力もさることながら、美貌と技を兼ね備えた「テニスプレーヤー兼カバーガール」のイメージを創り出してきた。そのトップに君臨し続けるのがシャラポワだ。

ブームの火付け役、エリツィン

ソ連時代、テニスは存在しないに等しく、メジャータイトルを獲得したロシア人はいなかった。しかし、大のテニスファンを自認し、活発にテニス連盟を支援したボリス・エリツィンが権力の座についた1990年代、事態は一変した。

男子のサフィンとカフェルニコフ、女子のミスキナとデメンチェワの成功により、テニスはロシアで広まり始めた。過去15年間で、ロシアのプレーヤーは11のメジャータイトルを獲得し、そのうちの7つは女子プレーヤーによるものだ。

しかし、マリア・シャラポワほどテニスの決定的な普及に貢献した人物はいない。6月9日の全仏オープンでのタイトル獲得により、彼女は4大国際大会を制覇した。女子でグランドスラムを成し遂げたのは、彼女で10人目にすぎず(男子は7人)、偉大なプレーヤーたちの仲間入りをすることになった。

毎年ロシアでは、何千人もの女の子がテニスを始め、しかも、その数は増加傾向にある。彼女たちにとって、コートの中と外でシャラポワが収めた成功は、自分たちの将来の可能性を映し出してくれる鏡のようなものだ。 

指導は外国で

シャラポワの両親が彼女をアメリカ合衆国フロリダの名門「ニック・ボロテリーテニスアカデミー」に留学させたのは、彼女が8歳の時だった。

そこで彼女はテニスに関する指導を受けるとともに、米国のライフスタイルにも感化された。それ以来シャラポワは、表向きは常にロシアのルーツを誇りにしてはいるものの、実際に祖国で過ごす時間は、1年のうち数週間にすぎない。

彼女の生い立ちは、この世代のロシア人選手に共通している。ほとんど海外で育ち、ロシアの極端な気候を免れ、近代的なテニス用インフラの欠如と過酷なソビエト式訓練法からも逃れた、という意味で。

これらの選手の拠点は、フロリダ(クルニコワ、シャラポワやズボナレワ)やスペイン(クズネツォワ、サフィナやキリレンコ)にある。もちろん、これは特別な資力を有するがゆえに可能なことだ。

例えば、バルセロナに所在する「サンチェス・カサル・テニスアカデミー」の年間の学費は5万6千ドルである。にもかかわらず、こういうテニスの本拠地ではロシア人学生が常連となっており、しかもその数は増えている。

「平均的なロシア人学生は、入学時には優れた技術と運動能力を備えていますが、戦術的な欠陥があります。いらつきやすく、テニスを“破壊的な”観点から捉える傾向があります」と説明するのは、88年ソウル・オリンピックの銀メダリストで(ダブルスで4大大会優勝3回)、現在、同校の校長を務めるエミリオ・サンチェス・ビカリオ氏だ。

世代交代の波

ロシアの女子界は、過去5年間で少し様変わりした。デメンチェワ、ミスキナとサフィナの引退により、この世代の選手で残されたのはシャラポワだけになってしまった。

しかし、ロシアのテニス界は依然として健全だ。この点で常に信用しうる指標となるのが、WTAのトップ100ランキングにおける選手数である。ロシアの11人は、チェコと米国の8人を上回り、世界1位。

だが、トップ10に属し、メジャータイトルをうかがえるのはシャラポワだけだ。ロシア代表チームの成果は、シャラポワが欠けているためにふるわない。過去10年間、ほぼ連勝の形(04年、05年、07年、08年)で獲得した国別対抗戦のフェドカップのタイトルには、ここ4年は手が届いていない。

チームの若手ではアナスタシア・パブリュチェンコワ、マリア・キリレンコ、エカテリーナ・マカロワなどが活躍しているが、その中でメジャー大会を制覇できそうなのはパブリュチェンコワだけである。真の意味で今の世代に取って代わる若手は、まだスペインやフロリダのアカデミーで育成中だ。 

美と力のロシアン・ブランド 

新聞・雑誌の売店を立ち見してみると、米国のスポーツ週刊誌「スポーツ・イラストレイテッド」誌のビキニ写真のカレンダー、「ヴォーグ」誌の表紙やタブロイド紙など、あちこちに、ロシアの女子テニス選手の写真が見受けられる。彼女たちは単なるコート上の競争の世界を超えて、女性アスリートの存在感を一変させた。

彼女たちは全員が英語を流暢に話し、有名人のボーイフレンド(そのほとんどはやはりアスリートである)をもつため、カメラが愛してやまないのだ。もし今日の一流アスリートがトレードマークあるいはマーケティング用商品であるならば、その美貌はブランドに付加価値を与える。そして、伝統的にロシア美人は世界に名高いのだ。

先駆者クルニコワと女王シャラポワ

2000年の時点で、こうしたブランドの潜在的可能性を理解していたアンナ・クルニコワは、パイオニアだったといえよう。彼女はコート上の結果がふるわず、あまり成功は収めなかったが、進むべき道を示してくれた。 

その後、テニス選手兼美的ブランドとして、少なからぬ選手がこの道を辿ったが、コートの中と外で頂点に君臨し続ける人物は一人しかいない。「テニスプレーヤー兼カバーガール」の世代で最も完成された商品といえるマリア・シャラポワだ。

「フォーブス」誌によると、彼女の資産はアスリートとしては世界15位で、女性の中では1位である。バスケットボール選手のサーシャ・ブヤチッチ(NBAのロサンゼルス・レイカーズ所属)と婚約中のシャラポワは、2011年5月から2012年の間に2600万ドル(約21億円)の収入があった。そのうちナイキとの契約金収入は900万ドル(約7億1千万円)で、トーナメントの賞金額は「たったの」400万ドル(約3億2千万円)しかなかった。