北へ2500キロ

ロシアのヒッチハイクには、無料で冒険できるというだけでなく、遠距離の移動を合理的に行えるという魅力がある。ヒッチハイクの人気が衰えない理由は、単に交通運賃が高いからだ。ロシア国内で二都市間を電車や飛行機で移動しようとすれば、ヨーロッパやアメリカの都市にまで行けるほどの料金か、それ以上かかる場合がある。旅行愛好家の間では、A地点からB地点への移動のスピードを団体で競う大会が10年以上も前から行われているなど、ヒッチハイクは運動競技にまでなっており、これまでにロシア国内で200回以上の大会が開催されている。

 

赤の広場、午前2時

薄着の小さなグループが時計を合わせている。行き先はモスクワ市から2500キロ北にあるサレハルド市だ。大会の絶対条件は、国内の移動を無料に抑えることである。

「私が最初に拾ったんでしょうか。話し相手がいないので、こういうのは好きです」― 五番目の長距離運転手は、驚きの色を見せながらこう言った。ロシア人は大らかだと言われているから、話し相手は歓迎されるのだろう。運転手の誰もがヒッチハイクに驚くものの、拾われるまでの待ち時間が最大20分と短く、有効な手段のようだ。運転手が良い人ばかりだったため、8台の車を利用し、14時間後にはモスクワから740キロ離れた鉄道ヴェリスク駅に到達することができた。

 

ヴェリスク駅、午後4時

モスクワからヴォルクタの鉄道区間は、人気のない奥地であるため、運転士は相手の人格云々よりも、生きている人間だからという理由で乗せるようだ。ヴェリスク発ヴォルクタ行きの電車は、1時間に1本と、ひんぱんに出ている。運転士が電車に乗ることに反対したとしても、空の貨物車を見つけることは可能だ。石炭輸送貨物列車は何も入っていない状態で北部を走り、警備もほとんどされていない。「ヴォルクタで何があるんですか」と運転士は質問した。1930年代の終わりから1950年代初めまで、ヴォルクタには最大級の強制労働収容所があり、地元住人の数より多い計7万3000人の囚人が送られたことを覚えている人は少ないだろう。現在は極北地域住民移住プログラムにより、住人も囚人も南部に引っ越しているため、人口が減少している。そのため、北部に移動するための交通機関を見つけるのは、より困難になってきている。

 

シヴァヤ・マスカ、時刻不明、吹雪

シヴァヤ・マスカ駅に到着したのは5月5日。暦の上では春になっているにもかかわらず、窓の外は猛吹雪になっていて、手を伸ばすと自分の指が見えなくなるほどだった。シヴァヤ・マスカ駅はツンドラ地帯の奥地にあり、ウィキペディアでも見つけることができない。電車の車内をのぞき込んだ一人の老人は、「サレハルドに行くんですか」と大笑いした。「到着は無理ですよ。氷が溶けてしまってバスも運休になりましたから」。サレハルドに行くにはオビ川を渡らなければならないが、冬季は川の氷が厚さ80センチを超えると、その上を路線バスが走るようになっている。夏季は船で渡るのだ。春季にどのような手段で渡るのかという疑問を残したまま旅を続け、古い信号機や大きな木橋のある鉄道を走った。北極圏で204キロ移動するのは簡単なことではなく、10時間を要した。

「カラマツ7本」という意味の名のこの街は、チウム(円錐型移動住宅)数戸とトナカイ飼育者の3家族からなるネネツ人の村から発展した。ここで一緒に電車を降りた乗客によると、トナカイ飼育者の数は今世紀に大きく増加したそうだ。「どこに行くのですか」と笑顔の青年が聞いてきた。首には都会のおしゃれな女性がうらやむような、白い毛皮のマフラーを巻いている。「サレハルドです」と元気なく答えた。

 
大きな地図で見る

「お手伝いしますよ。オビ川まで1時間で、氷上を通過するのに1時間半、その後は空港まで1時間です。僕の親戚が『トナカイ飼育者のヴォーヴァがサレハルドに帰ってきた』ってびっくりしますよ」とヴォーヴァという青年は笑った。

「本当にトナカイ飼育者なんですか」とヴォーヴァに聞いてみた。「実際には家具職人なんですけどね。サレハルドは北極圏にあるロシア唯一の街なんです。もしかしたら世界でも唯一かもしれませんが。最近まで北極圏で働いていた人は、極地居住手当をもらっていたこともあり、南部の人の2倍の給料を受け取っていました。街の中心部にはサレハルド・サラミの記念碑もありますよ。きっと気に入るはずです」と早口で説明した。

オビ川の河畔まで近づくと、ヴォーヴァは「沈む危険性があるので、この先は行くことができません。岸を通って迂回しないとだめです」と言った。すると、岸にキャタピラートラックが見えた。じゃがいもの袋が積み込まれているトラックのフロントガラスには、「サレハルド」行きと書いてある札が貼られていた。ヴォーヴァが急いでかけ寄り、袋の積み込みを手伝い始めたため、リュックサックを放り投げて後に続いた。気を良くした運転手は、サレハルドまで連れて行くことを約束し、トラックの屋根に上がることを許してくれた。トラックは流氷をかきわけながら進んだ。サレハルドでは、輸送コストの採算をとらせるために、食料品がモスクワの2倍近い価格で販売されている。

サレハルドでは通年使用できる道路が1本もないため、住人は溶けかかっている氷の上を15キロも歩かなければいけないことがよくあるという。運転手は別れ際に、じゃがいもを3袋プレゼントしてくれた。

我々のグループがサレハルドに到着したのは、出発してからちょうど72時間後の午前2時だった。街の電話局のわきには、すでに2人が立っていた。2人は我々より10時間先に進んでいたが、氷上は徒歩で通過したそうだ。結果は2位だった。