「皇帝ニコライ二世一家の死」展開催

ニコライ二世は家族と一緒 =タス通信

ニコライ二世は家族と一緒 =タス通信

 モスクワの連邦公文書局で、5月25日から7月29日まで「皇帝ニコライ二世一家の死 – 一世紀間にわたる調査」展が開催されている。1918年7月17日、ロシア最後の皇帝となったニコライ二世の一家が、エカテリンブルク市でボリシェヴィキに射殺された事件は、20世紀のロシア史でもっとも悲劇的な事件の一つである。その事件に関連する資料や証拠品が、この企画展では展示されている。

 ソ連政府は長きに渡り、皇帝とその周囲の人間の処刑に関する事実情報を隠蔽してきたが、1980年代末にタブーが解き放たれた。1991年にエカテリンブルク市で発掘調査が実施され、発見された遺骨は、ニコライ二世とその家族や側近のものであると確認された。遺骨は1998年、サンクトペテルブルクにあるロシア皇族の累代墓地に埋葬された。

 200点以上の展示品は、この事件を詳細に物語るものとなっている。初公開されたのは、1918年にニコライ二世一家殺害事件の状況を明らかにした取調官、N.A.ソコロフ氏の調査資料、1978年に秘密裏にロマノフ王家の遺骨発掘調査が行われた際の写真、1998年の埋葬に関する総検事局および政府委員会の資料、2007年のニコライ二世の息子および娘姉妹の一人の遺骨調査に関する資料などだ。

 ニコライ二世とその周囲の人物が、事件前の数週間に撮影していた写真や映像などの貴重な展示品もある。特別コーナーには、ニコライ二世が大津事件の際に着用していたルバシカも展示されており、血の跡も残っている。このルバシカに残されたDNAのおかげで、2007年に発見された遺骨が、ニコライ二世の息子、アレクセイ皇太子のものであると確認することができた。

 展示品の一部には、アメリカ・ニューヨーク州ジョーダンヴィルに所在する至聖三者修道院の博物館に長年保管されていたものや、在外ロシア正教会のイラリオン・アルフェエフ府主教が個人的に所蔵していた一家の所持品などもある。また、アレクセイ皇太子のイコンや、ロマノフ王家初代皇帝の所有物で、1916年に皇后からニコライ二世に贈られた、17世紀の福音書もある。

 ロシア下院のセルゲイ・ナルィシキン議長率いる現代史基金は、この展示会の共同主催者である。基金のA.A.クリシャス議長は、「ロシアNOW」のインタビューに対し、展示会の特徴を語ってくれた。「まず、調査の規模と綿密さがおわかりいただけるかと思います。皇帝一家射殺事件の全貌を解くべく適用された刑法学的方法は、法学者にとって特に興味深い内容になっています」。

 展示会は大きな社会的反響を呼び、1991年にエカテリンブルク市で発見された遺骨が本物であるか否かという議論を再燃させた。この問題について、マリヤ・ウラジーミロヴナ・ロマノヴァ大公女のロマノフ家協会で事務局長を務めるA.N.ザカトフ氏は、1998年にサンクトペテルブルクで埋葬された遺骨の確認に関する問題が、今日でも未解決のままであるとし、再度立場を明確にした。「ロシア政府は遺骨が本物であると認め、この展示会自体が来場者にそれを伝える場所となっています。しかし、大公女はロシア正教会と同じ意見を持っておられて、皇帝一家の遺骸であるか否かは不明であると考えています」。決定的な証拠はないとしているのだ。

 「この展示会からは二つの異なる印象を受けました」と「ロシアNOW」のインタビューに答えたのは、全ロシア歴史文化遺産保存協会モスクワ支部評議会会員のV.V.フタレフ・ガルニシェフスキー氏だ。「多くの物品、書類、写真の中から重要なものを割り出されたという印象がある一方で、いずれにしても証明しきれていないという印象も残ります。皇帝一家殺害事件には、未調査な部分、または科学的調査を要する部分が多く残されており、この展示会は、事件の真相を解くための最初の扉を開けたにすぎません」と同氏は説明した。