ゲームで世界を熱くする

ゲーム「楽しい農場」  タイムリーに家畜を買ったり食品を生産したりできれば、貧弱な菜園が大農場に(http://www.alawar.jp/?rd=1) =「コメルサント」誌撮影

ゲーム「楽しい農場」 タイムリーに家畜を買ったり食品を生産したりできれば、貧弱な菜園が大農場に(http://www.alawar.jp/?rd=1) =「コメルサント」誌撮影

「あら! またみんな枯れちゃった」。地下鉄で私の隣に座っている 20 歳くらいの女性が、スマートフォンの画面に指を這わせながらつぶやく。畑に水をまくのを忘れたらしい――「楽しい農場」というゲームで。
筆者もハマっているこのゲームを作ったのは、シベリアはノボシビルスク市のAlawar Entertainment社。その社長兼オーナー、アレクサンドル・ルィスコフスキーさん( 
35)のこれまでの歩みは、ロシアのゲーム産業史そのままだ。

アレクサンドル・ルィスコフスキー氏

1977年生まれ。ノボシビルスク市出身。ノボシビルスク国立大学情報テクノロジー学部卒。地球物理学数学問題研究所勤務を経て、99年にAlawar社を設立。現在、同社は従業員320人。東欧最大手のゲーム会社の一つ。

同社は現在、約 10 億ドル(約810億円)の規模がある「カジュアルゲーム」(易しくてシンプルで短時間でプレイできるゲーム)の世界市場で9~ 10 %のシェアを持つ。
同社は、ロシア、ウクライナ、ベラルーシの 
40 のビデオゲーム開発スタジオと提携、主に製造と販売を手がけている。このほか、専らAlawarのためにゲームを作る6社を傘下に収める。同社の製品は、「楽しい農場」、「モンテズマの宝」、「マシャーニャ・クエスト」(マシャーニャはバーチャル女性キャラクター)など数百に上る。一つのゲームの開発費は約 10 万ドル(約810万円)だという。

小切手現金化に3ヶ月

アレクサンドルさんが初めてゲームを作ったのは、 20 歳の学生だった1997年のこと。
「仲間と3人で、クラスノヤルスク市の石油パイプラインメーカーの資金で、大きい複雑なゲームを作りました。
1998年の金融危機の時でしたが、ゲームを公開すると、アメリカ人たちが一つ 
20 ドル(約1620円)でどんどん買ってくれました。やがて、米国から500ドル分の最初の小切手が届きました。銀行に行くと『何ですか、これ?』。そこで小切手をモスクワへ送り、3ヶ月後にようやくお金を受け取りました」。
アレクサンドルさんは、会社の拠点を今もノボシビルスクのアカデムゴロドク(学術都市)に置いている。郷土愛もあるし、モスクワより安上がりなのだ。その結果、本人に言わせると、「飛行機の中で暮らしている状態」。
「どうすれば人気ゲームが作れるかは誰にも分からず、それは偶然の産物なのです。でも、一人の天才がいます。PopCapGames社の創業者の一人ジェイソン・カパルカ氏です。彼はゲーム産業について学ぶために8年ほど日本へ行っていました。現在、カパルカ氏は1年に1本ずつヒット商品を作っています。私も誰かを日本へ 10 年ほど派遣したいと思っています」。
2015年にAlawar社は株式を新規に公開する予定だ。

完成品輸出の夢実現へ

アレクサンドルさんは、ノボシビルスクの他の会社と共同で、アカデムゴロドクにテクノパークを建設しようとしている。「有能な若者がロシア全国からそこへ集まり、そこに留まって研究や仕事に打ち込めるように」。やがてロシアは、人材や頭脳あるいは石油ではなく、プログラムの完成品を輸出するようになると、彼は確信している。

(「ルースキー・レポーター」誌抄訳)