アーティストはよくこんなジョークを口にする。「フルートを買ったなら、フルートを所有するにすぎない。カメラを買ったなら、写真家になれたということだ」。あらゆる技術を駆使することが可能となった現在、誰でもプロになれるという「戦闘的素人論」が生まれつつある。だが、そのような音楽は、波が海岸に残していく潮の花より小さい。波が引き、そうした潮の花が乾くと、新しい波が押し寄せ、新たな流行を運んでくる。
こうした時代の中にありながら、ポルトガル出身のロシアの歌手、エーリャ・チャベスさんは、音楽の海で嵐にあっても遭難することなく、すでに7年波に漂い続けている。
チャベスさんによれば、子供の頃に夢中になった松尾芭蕉の作品が、音楽の創作活動にインスピレーションを与えているという。
チャベスさんが演奏するブライト&ソフト・ロックはポップスと混同されやすいが、「ブライト」は自身が考え付いた独自のスタイルで、韻律やメロディーを変えることなく、ロシア語の語句を日本語に置き換えることができ、すべての歌をロシア語と日本語の両方で歌えるようになっている。そして、ロシアでマイナーなイメージの強いJロックから、そのインスピレーションを引き出している。ロック以外の音楽スタイルは、ロシアに入ると何でも「ポップス」のジャンルに分類されてしまうのだ。
ロシアでは「ポップス」に良いイメージがないが、テレビで流れる質の悪い音楽を普通だと感じてしまう傾向がある。視聴者は文句を言いながらも、他の音楽の選択肢がないため、「ポップス」を我慢して見ている。
「どこのレストランに行っても、メニューに目玉焼きしかなかったとします。目玉焼きは好きではないけれど他に食べる物がなく、塩や胡椒をふって調整しても好きになれません。それでも、他に選択肢がないから、それを食べるしかありません。そうなると、徐々にその状況に慣れてきて、違和感のあるものが普通に感じられるようになってくるのです。ロシアでは私が聴きたいような音楽をつくる人がいないとわかった時、歌を歌い始めました」とチャベスさんは説明する。
現在の主なファン層は14歳から25歳。日本の文化が好きで聴いているファンや、チャベスさんの歌にインスピレーションを感じて聴いているファンなどがいる。
「私の歌は、聴く人の自己啓発を促すものであるべきです。幸福な人々に向けた音楽です。劇的なできごとを生活の決まりにしてはいけません。現代音楽は聴く人を驚かせようと、過激で反社会的なニュアンスを込めています。現代社会における破壊的な生活をアピールすることが、文化の一部だと思われているのです」。
1カ月前、「反同性愛嫌悪週間」のフェスティバルに出演した。ロシアの同性愛社会が抑圧されている事実を除けば、過激な異性愛社会と大差はないという。「私は同性愛嫌悪に反対していますが、異性愛嫌悪にも反対しています。ロシアの同性愛社会は、異性愛を拒絶しています。人間は個であり、誰にも人の性的指向を詮索する権利がないというのが私の歌の主な主張の一つです。双方による『過激な性的アピール』は氾濫していて、テレビをつければすぐにそれが映し出されます。私は聞く人に対して責任を感じています。強く、自分の信念を曲げず、常に自分に正直でいる大切さを訴えるように努力しています」。