「ウラジーミルに伝えて・・・」「必ず伝える」

=Vostock/ロイタ通信撮影

=Vostock/ロイタ通信撮影

プーチン首相は、個人的な関係を基礎に外交政策を築くのが好きだ。ドイツのシュレーダー元首相やイタリアのベルルスコーニ元首相との密な友人関係は広く知られている話だ。今やドイツやイタリアは、ロシアの主要なヨーロッパのパートナーである。プーチン首相がドイツ語を話せることや、貧しい家庭の出身でありながら自力で頂点までたどり着いた境遇が同じことから、同首相とシュレーダー氏の距離が近づいた。また、規則や決まり事に固執し、プーチン首相を常に苛立たせてきた堅苦しいヨーロッパ諸国の首脳とは一線を画すベルルスコーニ氏は、取引を順調に行えるビジネスマンだった。

ここで疑問がわいてくる。ドイツとイタリアの好意的な構えは、シュレーダー氏とベルルスコーニ氏の功績なのだろうか。それともこの両国の政治の本質的な特徴なのだろうか。個人の役割が大きいことも事実であろうが、根本的な変化をもたらすことまではできまい。

同時期のわかりやすい例がある。プーチン元大統領とジョージ・ブッシュ元大統領は個人レベルで仲が良かったが、これが両国の交流を促進しなかったどころか、逆の方向に作用していたように見える。両国の戦略的利益の相違と、勢力の不均衡が、過去25年でもっとも希薄な関係にしてしまった。ブッシュ氏に失望したことで、ブッシュ氏とはほぼ正反対のタイプであるにもかかわらず、プーチン首相はバラク・オバマ大統領にまで不信感を抱いている。首相は、厳しい交渉と法的に拘束力のある協定だけが有効で、アメリカの首脳を信頼しても何も変わらないと考えている。

逆に、ベルルスコーニ氏もシュレーダー氏も、ロシアと自国との特別な関係を築いただけで、何も生みだしてはいない。イタリアとドイツは、1960年代から1970年代初めまで西ヨーロッパに送られていたシベリア・ガスの、最初の購入国だった。冷戦の最中でも、イタリアの業界はドイツと同様、ロシア市場の大きな潜在性を見いだしていて、多大なる関心をもって注視していた。

ベルルスコーニ氏にいたるまで目まぐるしく変わったイタリア政府や、アデナウアー氏からメルケル首相までの歴代のドイツ政府が、どの時代においても、相互の商業的利益を確固たる基盤としてロシアとの関係を築いていたのは偶然ではない。ベルルスコーニ氏やシュレーダー氏との友好時代は、この関係を強化したが、大きく発展させたわけではない。もうひとつの顕著な例がある。それはニコラ・サルコジ大統領だ。サルコジ大統領とは近しい関係が生まれなかったが、彼の気質はロシアの政治家、特にプーチン氏にとってわかりやすいものである。ビジネス感覚と自国の偉大さを不動のものにしようとする努力が、両者をひとつにしている。

個人的な関係の時代は過ぎ去り、ベルルスコーニ氏もシュレーダー氏も政界にはもういないが、個人の関係が必ずしも有効でないことは上で述べた通りだ。各国首脳が友好的な会合に参加する用意があるか否かにかかわらず、これまでと同じように、利害が国の吸引か反発かを左右する。

プーチン氏が型にはまった外交を嫌うことは、既に周知の事実である。一方、国際的な大型ビジネスは、すべてが具体化され、しきたりがさほど重視されず、結果が出た場合にそれが極めて明確なため、プーチン氏は喜んで対応する。ドミトリー・メドベージェフ大統領とのポストが入れ替わった後、プーチン次期大統領が外交政策で機能した両者の連携を維持していく可能性もある。つまり、メドベージェフ次期首相は、多くの外国の首脳と円滑に交流ができるため、プーチン氏の個人的な特別報道官となりながら、外交政策部門でより大きな役割を担う可能性があるということである。韓国で、オバマ大統領とメドベージェフ大統領の非公式の会話がマイクに拾われ、アメリカ国内で問題となったが、ロシアと西側の今後の政治的対話を期待させるモデルになったことは間違いない。「ウラジーミルに伝えて・・・」「必ず伝える」