日本現代美術展開く

 「すごくおもしろい!」「こんなの大好き!」「日本はすごいね!」……目を輝かせた観客たちが弾んだ声をかけてくる。感動したり楽しいことがあったりすると、それを回りの人たちと分かち合わずにはいられないのがロシア人だ。とりわけ日本美術展のオープニングなので、日本人に感動を伝えたいらしい。出展作家や設営スタッフもさかんに声をかけられている。これがロシア人の陽気さであり、礼儀でもある。あちこちから「アリギナーリナ(オリジナリティにあふれている)」「ファンタスティーチュナ(ファンタスティク)」などの言葉が聞こえてくる。これこそ日本とロシアのキュレーター、保坂健二朗さんとエレーナ・ヤイチニコヴァさんが共同作業の中で狙っていた反応だ。二人のコラボレーションにより選定・配置された作品が、まさに観客の心をとらえている。こんな瞬間に立ち会えるのが文化交流の仕事の醍醐味だ。

 三月十三日の夜、国際交流基金などが主催する「ダブル・ビジョン:日本の現代アート」の題の美術展のオープニングには、千百人を超える観客が集まった。同じ頃にオープニングを迎えたユニクロの世界最大規模の銀座店を取り巻いた客が千人だったらしい。それを超える観客が美術館に集まってしまった。メインホールでは身動きが取れない。しかも誰も動こうとしない。なぜならそれほど人々を惹きつけてやまない作品がそこにはあった。

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歴史的イベントに

 ヤノベケンジさんの「サン・チャイルド」。六メートルを超える像は、天井に頭がめり込みそうなほど巨大だ。かつてチェルノブイリに自作のアトム・スーツを着て滞在した経験のあるヤノベさんが、東日本大震災後に、今こそ芸術が必要だと思ってつくった作品で、チャイルドの右手では、チェルノブイリの保育園の壁に色褪せることなく残っていた太陽が輝いている。そしてチャイルドの澄んだ青い目は、人類が進んでいく遥か遠くを見すえるように、空の彼方を見つめている。

 メインホールから奥に進むと村上隆さんや奈良美智さんの作品があり、戻って左に進むと草間彌生さんの水玉模様の部屋や、横尾忠則さんの大型の絵画が何点も並んでいる。

 さらにこの美術展にはもう一つの会場があって、ヒトラーや三島由紀夫に扮した森村泰昌さんの作品や、アーティスト集団「チム↑ポム」が、環境への適合で耐性を強め大都市に跋扈するスーパーラットと呼ばれるドブネズミを渋谷で捕獲し、その剥製にピカチュウのような彩色を施して渋谷の模型の上に配した作品、あるいは丹羽良徳さんが今は少なくなったレーニンを求めてモスクワを訪ね歩く記録映像と集めた品々からなる作品をはじめ、五階分全部を使って多様な作品が展示されている。

 展示スペースの総面積は約二千平方メートル、出展作家と作品の数はおおよそ三〇名、一八〇点に及ぶ。設営とオープニングのためにモスクワ入りしたスタッフの話では、これだけスター・アーティストと有名作品を集めた美術展は、日本国内ではちょっとできないだろうとのことだった。

 ところで冒頭の観客の反応に少し違和感を抱かれた読者もおられるのではないか。ロシア人は暗いはずで、重厚長大なロシア人がそんな軽い反応を見せるはずがないと。その見方は十数年前までなら少しは当たっていた。しかしソ連が崩壊して二〇年以上になり、ロシアになってから生まれた子がすでに成人している。ソ連時代のジャポニズムは知識人のものであり、その後の知日派と言われる人々も概ね同様だった。しかし日本食やアニメ、マンガなどによって大きく盛り上がった二千年前後の「日本ブーム」をへて、多くのロシア人は今、日本文化の中に「おもしろい」「かっこいい」「スタイリッシュ」「ファッショナブル」なものを求めている。この展覧会のオープニングの模様を、ファッション誌「ヴォーグ」がデジタル版のトップ記事で何枚も写真を載せて詳報しているのは、その現れだろう。日本文化はすでに知識人だけでなく、流行を作り出しているクリエーターや、流行に敏感な若者など広い層に注目されており、そういう関心にしっかりこたえていかなければならない。

 読者のみなさま、日本でもなかなか見れないスター・アーティストの作品と、新しい世代のロシア人の反応を是非見に来てください。

【美術展データ】

主催:独立行政法人国際交流基金、在ロシア日本大使館、モスクワ市近代美術館(会場)、モスクワ市他

会期:3月14日~5月6日まで

詳細情報:http://www.jpfmw.ru/jp.html(国際交流基金モスクワ暫定事務所サイト)

展示作品に関するロシア人の印象、感想


ヤノベケンジ 「サン・チャイルド」

エレーナ・ヤイチニコワ

キュレーター 、芸術評論家

 

 「子供の巨像が防護服を着、ヘルメットと太陽を持つ。将来を見つめるかのような眼差しには希望が感じられる。制作の主な動機は、未来の素晴らしい世界を表現したいとの切実な欲求だ。」

丹羽良徳 「レーニンを探せ」

エレーナ・ヤイチニコワ

キュレーター 、芸術評論家
 

 「作者はレーニン崇拝の名残を求めて現代のモスクワを訪ね歩き、過去と現在のつながりを捉えようとする。過去の遺物がこのように特定の空間に配置されると、また違った様子を呈する。」

小谷元彦 「エレクトロ (クララ)」

ディリャリャ・シャリポワ

芸術評論家

 

 「彼の作品はアンビバレントで、美と醜さ、優雅さと暴力が境を接している。この身体を損なわれた美女には、暴力のテーマがあると同時に、自然の法則を変える意志とも結びついている。」