ロシア民謡に救われる

 日本屈指のバス歌手でロシア音楽の第一人者でもある岸本力さん(64)に対して、日本の歌手としては初めて、ロシア文化の普及や発展への貢献を称えるプーシキン・メダルが、メドベージェフ大統領の手より、モスクワ郊外の大統領公邸で授与された。ロシア音楽をライフワークとして、40年間にわたり日本に紹介し続けてきたことが評価された。

 「全身が震えました。夢のようでしたね。こちらで私がやっていることが認められたのは。スピーチの時も涙が出てきまして」と岸本さんは日本大使館の会議室で語る。

 ロシア訪問は今回で4回目。最初の訪露は1974年で、第5回チャイコフスキー国際コンクールで最優秀歌唱賞(日本男声で初)を受章した時だった。 

プロフィール

年齢:64歳

   大阪府茨木市の生まれ。父は大工で、母は農業を営んでいた。東京芸術大学を卒業した1972年に、第41回日本音楽コンクールで、亡き父への思いを込めて「ボリス・ゴドノフ」の「ボリスの死」を熱唱し、優勝する。このアリアは、ツァーリ、ボリスが子供への思いを吐露しつつ死んでいく様を歌ったもの。1974年には、同じアリアで、チャイコフスキー国際コンクール最優秀歌唱賞を受章。70年代よりロシア民謡の自主企画リサイタルを日本各地で続けている。
今後のコンサート・スケジュール: 
  9月26日:「グリンカとその周辺」、東京文化会館小ホール。
  11月4日:受賞記念リサイタル、東京文化会館小ホール。チャイコフスキーの歌曲。

田んぼを耕しながら「ボルガ」を歌う

 岸本さんが東京芸術大学に入学した当時、声楽の主流はドイツ音楽とイタリア音楽だった。「二つをやらないと、声楽家と認められなかったのです。ドイツ音楽のように繊細なものは不得意だったし、大きな声ばかり出して歌うイタリア音楽にも馴染めませんでした」。声楽家としては生きていけないと思いつめた岸本さんは故郷の大阪に帰った。「農業をやっていた母親を手伝うことにして、田んぼを耕しながら歌ったのが民謡『ボルガの舟歌』だったんです」と回想しつつ、岸本さんは「ボルガ」を歌い出す。

「ぴったり来たんです。自分の苦しみをロシア民謡で表現できることが分かり、復学しました」。

ロシアの歌の魅力

 「ロシアの歌には優しさやいたわり、人間の苦しみを表現する力がありますね。だけど、歌う人がいないです。言葉が非常に難しい」。芸大のロシア語コースでは、「先生一人、私一人で、90分授業の半分はしゃべりながらお茶を飲んでました」。今では、ロシア語で歌いたい人は、先生を探す必要はない。岸本さんがまとめた民謡集『モスクワ郊外の夕べ』には読み方もちゃんと付いている。

命ある限り

 武蔵野音楽大学専任講師でもある岸本さんは、大学にロシア歌謡研究会を創り、指導している。「コンクールでもロシア歌曲を歌う人が多くなりました」と岸本さんは喜びを抑えられない様子。「自分がやったものを伝えていくことが大事で、自分の命がある限り、この勲章を誇りに、やり抜いていこうと強く思います」。真剣な眼差しの後、また笑顔になり、「賞をもらった時、メドベージェフ大統領が日本語で『ありがとう』とおっしゃり、びっくりしました」。

 岸本さんの夢は歌劇『ボリス・ゴドゥノフ』のボリスを歌うことだ。「それが私の集大成になるでしょう」。夢が叶うと、岸本さん一人だけではなく、大勢の聴衆が喜ぶに違いない。