ロシア製ダマスカス剣

写真提供:グリゴーリークバチヤン

 伝説の刀剣素材「ダマスカス鋼」。言い伝えによれば、ダマスカス剣は軽いのスカーフでも、鍛造された銃身でも、同じようによく切れたという。ダマスカス剣を小川に置くと、流れてくる木の葉をすっぱりと切ってしまった。刃は腰に巻きつけることもでき、刃をピンと張って元通りにしても、完全にその特性を保つことができたという。 

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 残念ながら、魔法の鋼の製法は失われてしまった。現在、シリアの首都の市場で売られている粗悪品は、観光客の目さえだませない。

 だが、アラブ人が失ってしまった製法が、ロシアで習得されたようだ。ロシアのインターネットには、「ダマスカス鋼」ナイフ販売のサイトがやたらに目につく。こうした「ナイフの匠」の大半は、かつてロシアの折りたたみナイフ生産の中心地だったヴォルスマを拠点にしている。

 ヴォルスマへは、ニジニ・ノヴゴロドからのルートで行くことができる。この「巧みの町」の入口でカートン製の巨大なナイフを見つけたとしても、私は驚かなかっただろう。だが、私を迎えたのは、医療器具工場の通路脇に建つ、頭上に雪が降り積もったレーニン像だった。ヴォルスマは、狩猟や戦闘用のナイフだけでなく、外科用のメスの製造でも有名なのだ。

 ロシアの辺境の、平屋が立ち並ぶ田舎町によく見られる暗さや過疎の雰囲気は、ここには感じられない。街路にはジープが走り、家々は頑丈で高い塀がめぐらされ、美しい模様入りのがあり、窓の横には、家の中から来訪者の姿が見えるように、自動車のミラーが取り付けられている。これはヴォルスマの人たちが考案したものだ。

 遠いイワン雷帝の時代から、ヴォルスマではロシア軍の戦闘用刀剣が製作されていた。現在では刀剣は(切れなくした土産物の刀剣をのぞけば)らなくなり、匠たちはナイフ製作へと生産を切り替えた。この町にある「サロ」工場は現在、特別用途の戦闘用ナイフや、軍人たちの短剣を製作している。

 かつてヴォルスマでは、ソ連の折りたたみナイフの90%以上が生産されていた。普通のポケットナイフだけでなく、特殊な形のナイフも生産していた。ヴォルスマの隣町パヴロヴォの博物館には、逸品ナイフが保存されている。そこには豚ナイフや自動車ナイフ、97の刃のついたレーニン廟ナイフもある。

 現在ではもはや、このようなものは作れない。折りたたみナイフは製造に手間がかかりすぎる。型打ち生産と研磨による普通の狩猟用ランボー・ナイフの方が、ずっと多く稼ぐことができる。ダマスカス鋼製造の新技術が開発できればよいのであるが。

 「私たちのナイフを『ダマスカス剣』と呼ぶのは間違いです」と、ナイフ職人の匠、ウラジーミル・マスレンニコフ氏は言う。「私たちは、歴史的な刃の製造技術を再現しようとしただけで、それを完全に一致させるには、気温、湿度、金属の起源など、別の条件が必要です」。

 マスレンニコフ氏は、すでに定着した「ダマスカス鋼」でなく、「ブラート鋼」という名を好んで使う。自分自身のナイフ製造会社も「ロシア・ブラート」と命名した。

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 工場生産の廉価な型打ち製品とは異なり、「ブラート・ダマスカス鋼」ナイフは、鍛冶場で鍛造される。スプリング鋼、ボールベアリング鋼、高炭素鋼など、帯状のさまざまな金属を数枚折りたたんで一組にし、それを炉で加熱し、鍛造する。その後、出来上がったものを切断し、数回折りたたみ、再び鍛造する。得られたものが500層になるまでそれを続ける。ナイフが水の中で偶然にひび割れることがないように、ナイフは油で焼き入れする。金属によって磨耗する速度が異なるため、刃に「マイクロ・ノコギリ効果」が現れ、ナイフを長い間磨かずに保つことができる。まるで自ずと磨かれていくかのようだ。ナイフの柄は、白樺の樹皮や樹木、角や骨、あるいはそれらの組み合わせで作られる。

 19世紀には既に、ヴォルスマのナイフは西欧で英国製と競い、すぐれた成績を挙げた。大型ナイフ製造が折りたたみナイフ製造に変わったのは、ソ連時代だ。掌よりも長い刃渡りのナイフは刀剣類と見なされ、これを製造すると禁固刑になる可能性があった(屋根裏部屋ではひそかにサーベルが作られ続けていたが)。今では法律がより緩和された。兵器製造者アナトーリ・チトフ氏が作るようなタイプの、巨大な刃をもちの側に鋭い歯のついた、恐怖の「ランボー・ナイフ」でさえ、法的には刀剣類ではない。どうやらこれは、こんなナイフを手にしたら、敵は自ら心筋梗塞で倒れてしまうというような、心理的武器であるらしい。

 「われわれの問題は人材不足です。ヴォルスマには専門技術学校がないのです」とチトフ氏は言う。「若い職人には直接仕事場で教えられていますが、あと数年もすれば、この仕事をする者は誰もいなくなってしまうでしょう」。だが、それまでにはまだ、少なくとも数年はある。ロシア製ダマスカス鋼のナイフを買うには絶好の時期だ。今はまだ製造を止めていないし、シリアのダマスカス鋼のようには、技術も失われていないのだから。 

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