文豪トルストイの原稿見つかる

レオ・トルストイ=ロシア通信

レオ・トルストイ=ロシア通信

 実篤が愛蔵していたトルストイの原稿を鑑定してほしい―。こんな依頼を6月に調布市の武者小路実篤記念館からいただいた。トルストイは『戦争と平和』などで知られるロシアの文豪で、実篤は熱烈な信奉者だった。

 「トルストイの原稿は三枚あるので友達とわけて、僕は一枚だけ七十円許りで買つた」(記念館所蔵安子夫人宛絵葉書、1936年)。

 記念館の首席学芸員の福島さとみさんによれば、実篤は欧州を旅行した際にウィーンで、有名人の筆蹟を売っている店を偶然見つけ、原稿を手に入れた。実篤は「生命の糧にする」とまで書き、原稿の中身も真贋も分からないまま生涯大切にしていた。

 今秋、記念館で展覧会を開くのを機に、筆者と妻ナジェージダ・ババーエワ(元国立トルストイ博物館上級研究員)に照会された次第だ。

 私たちは一目でピンと来た。文豪の筆跡は癖がある。 
36 歳のときに落馬して右腕を骨折してから地震計さながらの乱筆になったのだ。文豪の真筆にまず間違いない。原稿は妻が判読してくれた。

「私は 
36 時間ぶっ通しで働いていた人たちを見た。彼らはやはり部屋で休めなかったのだ。(中略)私はプラットホームにアゲーエフと一緒に行った」(原稿はノート2頁)。

 アゲーエフは鉄道員で文豪と付き合いがあった。その彼から「我々の駅の荷役労働者は
36 時間ぶっ続けで働く」と教えられ、驚いた文豪は1899年末に実地検分に及んだ。

 零下 
20 度の寒さなのに労働者は毛皮外套も着ずに働いている。出来高払いで 16 トン運ぶごとに約1ルーブル。金はまず残らない―。文豪はその印象をもとに翌年、論文『現代の奴隷制』を書いた。原稿はそのメモだろう。

 文豪は近代文明のあり方を批判し続けた。その本質は大量生産と大量殺戮であり、人間の欲望をひたすら肥大させ衝突させて、ついには人間自身を滅ぼしてしまう。内なる悪の根絶が必要だ、と。

 近代以降、「先進国」では、人間の欲望を必要悪とみなし、うまくバランスさせることに成功したようだった。だが今日、この類の「現実的な思想」は破綻しつつあるのではないか?それを二人の作家とともに考え直すのはよいことだ。