ロシア北部の極寒の街5選

デニス・コジェブニコフ撮影/タス通信
 「冬のマイナス30度なんて寒くないよ」と住民が言う都市がロシアにはある。厳寒でエクストリームな旅、だからこそ忘れられない旅を約束する街を5つ、ロシアNOWが実体験をもって特集する。

 ロシア北部の暮らしとは、ほぼ永遠の冬である。バリバリと音を立てる足元の雪、真っ暗になる極夜の時期、氷で拘束された入り江。一番のお役立ちシューズはヴァレンキ(フェルト・ブーツ)とウント(毛皮裏ブーツ)だ。

 

ヤクーツク

アナトーリイ・ファラモフ撮影/ロシア通信

 サハ共和国ヤクーツク市は、ロシアの都市部の中では最も寒いと考えられている。1月の平均気温はマイナス40度(観測史上最低気温はマイナス64度)。

 ダイヤモンド、マンモス、杭打ちされた家(永久凍土の地盤に打つため、工期が長く、高額)が特徴のこの地の生活条件は厳しいが、ヤクーツク市の人口は30万人を数える。地元の愛し合うカップルは、マイナス30度の中で22分間キスをし、世界記録を樹立した。

 文化施設をはしごしながら、街の様子をうかがうのもいい。巨大な骨が展示されている「マンモス博物館」、ヴァレンキを提供し、氷の種類を説明してくれる「永久凍土博物館」、「世界民族口琴博物館」、ダイヤモンドのある「サハ共和国宝庫博覧会」へと。観光が終わったら、レストランに行き、チル(ブロード・ホワイトフィッシュ)、トナカイの肉、子馬の肉を食べてみよう。

 

ノリリスク

アンナ・グルズデワ撮影

 クラスノヤルスク地方ノリリスク市は、シベリアで最も寒い街。またパラジウム、白金、金、銀、ニッケル、コバルト、銅が採掘され、環境問題を抱えている側面もある。それにもかかわらず、冬はマイナス30度、夏はプラス30度になるノリリスクは美しい。

 「ノリリスク国立工業地域開拓・開発史博物館」では、ノリリスクのグラグ(矯正労働収容所・奉仕労働収容所)の収容者の手紙を読んだり、シャーマンの衣装、エヴェンキ人、ガナサン人の民族衣装といった珍しい展示物を見学したりすることができる。

 観光後、スーパーマーケットに行って、トナカイの肉のペリメニ(水餃子)を買い、夕食を食べながらエレーナ・チェルヌィショワの写真シリーズ「夜の日々~日の夜々」を見てもいい。チェルヌィショワは昨年、「世界報道写真展」で3位に入賞した。

 

ディクソン

Lori/Legion-Media撮影

 ディクソンはロシア最北の村。クラスノヤルスク地方に属し、カラ海に面している。ソ連時代はロシア最大の港があり、「雪極の都」と呼ばれていた。夏はエニセイ川から船でディクソンまで行くこともできる。

 ここの気候はノリリスクよりも厳しい。極夜の時期は真っ暗で、9月から氷点下になり、雪は6月までとけない。時に、雪解けはもう少し遅くなる。通常、5月にスキー大会が実施される。

 「黒吹雪」もある。風速40メートルの強風の吹雪は大嵐に変わる。地元住民によると、大嵐の時には犬や海岸にたくさんある空の燃料のドラム缶が空中に飛ぶという。

 ディクソンはとても美しい。北極の端に立ち、カラ海のエネルギーを感じながら、シロイルカ、セイウチ、オーロラを見ることができる。

 

ベルホヤンスク

アナトーリイ・ストルーニン撮影/タス通信 

サハ共和国ベルホヤンスク町の人口は1000人を少し超える程度だ。ベルホヤンスクとオイミャコン(サハ共和国)のどちらが最も寒い人口集積地いわゆる「寒極」かで、研究者や気象学者の意見はわかれている。

 だが地元住民にとって、この議論はさほど重要ではない。2~3度程度の差は、ベルホヤンスク(観測史上最低気温はマイナス69.8度)またはオイミャコンの冬がとても寒いという事実を変えるわけではない。19世紀から、ベルホヤンスクが革命家、暴徒、デカブリストの流刑地になっていたことは驚きではない。

 

ドゥディンカ

アントン・ペトロフ撮影

 クラスノヤルスク地方ドゥディンカ町はエニセイ川のほとりに位置する。ここと隣接するスィンダッスコ村、ポタポヴォ村、ポピガイ村では毎年3月、「トナカイ飼育者の日」が行われる。まだ寒いこの日、ネネツ人、エヴェンキ人、ガナサン人、エネツ人は、豪華な民族衣装を着用し、トナカイ・レースを行う。少数先住民族は通常、ツンドラの奥地で遊牧生活を営んでいるため、交流できる貴重な機会である。

 ドゥディンカの「ムクストゥル」工房や「民族工芸館」では、民族模様の刺繍の入った、トナカイの毛皮ブーツが販売されている。また、ヤクーツクと同様、ブローチやマンモスの牙の装飾品など、遠い北の地の思い出となる貴重な品を購入することができる。