クリミアのトロリーバス  =Lori/Legion-Media

世界で一番長いトロリーバスの旅

 クリミアでドイツの女性観光客たちが、一般的な移動手段であるタクシーを使わず、トロリーバスに乗ってヤルタへと旅した。バスは山を越え、海岸を走り、その走行距離はなんと100キロに及んだ。

 モスクワから飛行機でシンフェローポリに着いて空港から外に出ると、わたしたちはたちまち「どの街にでも連れて行ってやる」というタクシー運転手の群れに囲まれた。しかしわたしたちは、休暇先に辿り着くまでの道で、クリミアのちょっと変わった「見どころ」を試してみようと前から決めていた。それはシンフェローポリとヤルタを繋ぐ世界一長いトロリーバスである。

 52番のトロリーバスは空港近くにあるバス停から20分おきに出ている。バスは129ルーブル(およそ230円)という実に庶民的な料金でわたしたちをクリミア南岸まで運んでくれる。そのルートはシンフェローポリ市、クリミア山脈を通過し、黒海沿岸に沿って96キロもの距離を3時間かけて走り抜けるというもの。このクリミアのトロリーバスは山間を走る世界で唯一のトロリーバスだ。

 シンフェローポリからリゾート地の南岸までトロリーバスで移動するという方法はもっとも安いが、もっとも時間がかかる。果たしてなぜ観光客にこんな手段が必要なのか?それは、そこで暮らす人々、そして常に変化する自然を窓からゆっくり、そしてじっくり観察できる唯一の方法だからである。

=アレクサンドル・リュミン/タス通信=アレクサンドル・リュミン/タス通信

 わたしたちは、バス停のすぐそばにある白い小屋で急いで切符を買った。乗り込んだトロリーバスの車中にはほとんど乗客の姿はなく、一組の年老いた夫婦が発車を待っているばかりだった。女性運転手が窓を洗う。クリミア、いやその他のロシアの地域でも、トロリーバスの運転手はなぜか例外なく女性の職業と決まっている。切符の検札が済むとトロリーバスは発車し、旅が始まった。

 

シンフェローポリを通って

 空港からシンフェローポリ中心部に向かって真っ直ぐな道が伸びている。バスが停留所で止まるたびに、新たな乗客が乗り込んでくる。労働者、リュックかばんを背負った小学生、買い物バッグを提げたおばあさんなどだ。

=アレクサンドル・リュミン/タス通信=アレクサンドル・リュミン/タス通信

バスはゆっくり走り、鉄道のレールに架かる橋を急ぐことなく越えていく。鉄道の駅舎の近くには人っ子ひとりいない。プラットフォームもがらんとしている。隣に座っていた乗客のひとりが言う。「ここではもう何も走っていないんだ。朝に近郊行きの電車が2~3本あるだけでね」長距離列車は2014年に実施された住民投票以来、廃止されている。

 自動車ターミナルを通過する。鉄道駅とは逆にここは活気に溢れている。人々が駆け抜け、車で移動し、大きな声を上げ、切符を買い、発車寸前のバスに飛び乗る。わたしたちの乗ったトロリーバスも座席はいっぱいになった。わたしたちの向かい側に2人の小学生、通路の反対側に2人のおばあさんが座った。若者たちは老人に席を譲り、老人たちは感謝の気持ちを伝える。まもなく天気や道、次の休みについての長い会話が始まった。

 街でもっとも長いメインストリート、キエフ通りを走る。シンフェローポリは予想外にグレーがかった街だ。看板、ポスター、人々、建築工事現場はカラフルだが、住宅はグレーだ。そこら中、砂埃だらけで、終わりゆく秋の風がそれをあたり一面に撒き散らしている。

 トロリーバスは50年以上にわたってこのルートでの運行を行っている。シンフェローポリ−アルシタ間の部分は1959年に開通し、その後、1961年になってヤルタまで延長された。所要時間は当時から変わらないが、車輌だけは変遷を遂げている。40年前、クリミア山脈の道路にチェコの「Skoda」が使われていたが、今はロシア製が使われるようになり、たとえばヴォログダ工場の新型「アヴァンガルド」などが運行している。

 

山脈を通って

トロリーバスの記念碑=アレクサンドル・リュミン/タス通信トロリーバスの記念碑=アレクサンドル・リュミン/タス通信

 窓の向こうに突然山がそびえ立つ。トロリーバスは曲がりくねった山路をゆっくりと登ったり降りたりする。左右に山の峰、そして森がわたしたちを取り囲む。わたしは頭の中で「ここには一体どれほどのキノコがあるのだろう。キノコを採るにはどこまで上らねばならないのだろう」と思いを巡らせた。

 クリミア山脈の中ほどに突然大きな十字架が現れた。わたしたちはコントロールポイント、道路の最高地点ペレヴァリノエまで登りついたのである。海抜752メートルの地点だ。ここにはトロリーバスの記念碑がある。最初に使われていたロシア製のバスが登ることのできた限界の地点だ。そうこうしているうちにバス内には立っている人も混みあってきた。ここから海に向かって下っていく。

 

海岸沿いの坂を通って

 海は、ルート上、最初に通過するリゾート地アルシタからすぐに広がっている。運転手が別の女性に交代した。バス内は押し合いへし合いの満員だ。地元の住民に加えて、観光客の数が増えてくる。「植物園に行くにはどこで降りればいいのでしょう?」と女性が近くの乗客に尋ねると、そのうちのひとりが「近づいたら教えてあげますよ」と答える。ニキータ植物園はヤルタ方面にまだ数キロあるのだが、観光客はもう着いたかとそれから何度も訊ねていた。

 クリミアの海岸=Lori/Legion-Media クリミアの海岸=Lori/Legion-Media

 ヨーロッパでロシアほど公共交通機関が頻繁に利用されているところは少ない。それゆえ、乗り合いタクシーや列車、トロリーバスの中で多くのロシア人をいらいらさせるようなシチュエーションというのは、ヨーロッパの人々にはとても興味深い。シベリア鉄道の開放寝台車で、モスクワからウラジオストクまで1週間も費やす代わりに、車内で地元の人々の姿を見たり、自分のロシア語力を駆使して交流を図ったりするのと同じだ。タクシーでホテルに行き、エクスカーションで街を散策するだけでは、その国を十分見たとは言えないのである。

 アルシタからヤルタまでは、黒海の険しい海岸に沿って33キロの距離がある。道路にはそこかしこにお土産、野菜、フルーツ、ワインなどが売る露店が目に入る。居住区に入るたびに道路は海岸から反れて坂を上がり、その後また坂を下りて海に近づく。クリミアのトロリーバスのルートはアトラクション「ロシアンコースター」に似ている。

 マッサンドラ宮殿、青年キャンプ場「アルテク」、植物園を通過する間に、多くの観光客があちこちで乗ってきては降りていく。カメラやサングラスがちらちらと目に入る。左手の窓の向こうには小さな町が見え、眼下には大きく輝く海が広がる。右に見えるのはブドウ園と所有者たちの家々だ。

クリミアのブドウ園=ペギー・ローゼの写真クリミアのブドウ園=ペギー・ローゼの写真

 ワイン工場「マッサンドラ」近くにある最後の坂を上り、ヤルタ自動車ターミナルに入ると、またもタクシー運転手の群れに取り囲まれる。わたしたちはまだクリミアに来たばかりの「初心者」ツーリストだ。しかしトロリーバスの旅の中で分かったことがある。それはクリミアでの休暇は素晴らしい景色だけでなく、善良で穏やかな人々に満ち溢れているということだ。

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