癌の退治に原子炉を使用

Lori / Legion-Media
 悪性腫瘍を核反応エネルギーで退治する世界初の実験が、シベリアで成功した。他の方法で治療できない種類の腫瘍にも適用可能だという。

 癌治療に加速器中性子源を用いる実験が3月初めにシベリアで行われ、成功した。研究者によると、治療に反応しない種類の癌にも、この方法を適用できるようになるという。例えば、神経膠芽腫。一般的な脳の腫瘍で、進行が早く、生存期間は平均して1年あまり。

 実験の目的は、癌細胞がホウ素を蓄積した後、中性子の影響によって死滅するか、そしてどれほどの線量、時間で死滅するかを確認することだ。研究には、ロシアのブトケル核物理学研究所の研究者、日本の筑波大学の神経外科医などが参加した。

筑波大学脳神経外科の中井啓=報道写真

 「これは癌細胞が体中に広がる浸潤性腫瘍に対抗できる唯一の手段。普通の方法ではこのような癌細胞を完全に除去したり、退治したりすることはできない。標準的な放射線治療は”全域に射撃する”が、当方法では最初に標的に”爆弾”を設置して、その後で”爆破”する」とロシアNOWに説明するのは、筑波大学のアレクサンドル・ザボロノク准教授。

 

どのような方法なのか

 1970年代末、日本の神経外科医の畠中担氏は、ホウ素中性子捕捉療法の先駆けとなった。ホウ素中性子捕捉療法とは、悪性腫瘍の細胞の選定的破壊手段である。畠中氏は原子炉内で直接手術を行った。

 腫瘍の細胞は健康な細胞よりも多くホウ素10同位体を蓄積するという事実が、この方法のよりどころとなっている。患者にはホウ素10同位体を含む溶液を投与し、次に強い中性子束を照射する。同位体は簡単に中性子との核反応に入る。ほぼすべての核反応エネルギーが癌細胞内部に放出され、癌のDNAが壊れ、細胞が死滅する。

 畠中医師の患者の一人は術後21年生存した。だが、原子炉内での手術がメジャーになりはしないことが、ほぼすぐに判明した。難しすぎるし、危険すぎるのだ。2011年に福島原発の事故が起こると、状況は行き詰ってしまう。

 「福島原発で事故が起こる前は、原子炉JRR-4を中性子源として使っていた」と筑波大学脳神経外科の中井啓氏は話した。東海村の原子力科学研究所にある原子炉JRR-4は、福島原発の事故を受けて、廃止が決まった。

 

シベリアの代替中性子源

 ノボシビルスクの物理学者は世界で初めて、細胞照射に使える中性子ビームを得ることができた。

 癌患者の治療のために代替中性子源をつくることは以前にも提案されていたが、福島原発の事故はこの作業への新たな刺激となった。日本、アメリカ、EU(欧州連合)では、原発の原子炉で得られる中性子ビームと同じ中性子ビームを発する加速器を開発し始めた。ただ、これは困難な課題であることが判明した。

ノボシビルスクの物理学者は世界で初めて、細胞照射に使える中性子ビームを得ることができた。=報道写真

 「『熱外域』エネルギーの中性子ビームをつくる必要があった。つまり、速すぎず、遅すぎず、中間ほどの。さらに、患者への照射は1回のセッションで1時間弱でなければならないため、中性子束は十分大きくなければならない」と、核物理学研究所のセルゲイ・タスカエフ上席研究員は話す。

 研究者はこのために、普通とは違う構造の加速器を使用した。「何もうまくいかないという、大きなリスクがあった。2003年に始めたが、必要なレベルに近いビームのパラメータに到達したのは実に2015年のこと」とタスカエフ上席研究員。

 

実験はどう進められたか

 日本の研究者はシベリアに、新しく、より効果的な、治療用ホウ素含有溶液を持参した。有望な薬剤を、癌細胞の培養物に加えた。その後、シベリアの物理学者は、自分たちの装置で細胞に中性子を照射した。グループの研究者全員が、重厚な鉄の扉の後ろに隠れた。

 「この方法の未来はコンパクトで安全な加速器の後ろにある。病院に原子炉を置くことは不可能だから」と中井氏は話す。

 実験はうまくいった。この方法は有効だ。2017年にも治療が脳腫瘍を持つ実験動物に行われ、2018年には、研究者の期待によれば、人に達する。

 茨城県の特別科学都市つくばは、ノボシビルスクのアカデムゴロドクのモデルにもとづいて設計されたという。アカデムゴロドクとは、研究所、大学、才能のある児童の学校が一ヶ所に集中している場所だ。2つの研究センターの間に強い絆ができていることは、自然なことだろう。

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