「日本語の微妙な響きに耳を澄ましています」:ロシアでは誰がどんな動機で日本語を学ぶのか

Kira Lisitskaya (Photo: МГИМО; Natsuki Sakai/ Global Look Press; Unsplash)
 「マジか!日本語が話せるのか?!なんかしゃべってみてよ!」。勇気を奮って難解な日本語を学び始めたロシア人は誰でも、こういう反応をされるだろう。では、ロシアの、東洋学関係の講座をもつ大学の学生や教員は、これについてどう言っているだろうか?彼らの日本語学習の動機やいかに?

 ロシアでは、私立大学と語学学校を別にしても、毎年数十の国立大学が将来の日本研究者に門戸を開いている。

 ロシア最初の日本語研究機関は、サンクトペテルブルク国立大学だ。1870年にサンクトペテルブルクで、日本語教育が始まり、授業は増田甲斎(橘耕斎、1820~1885年)が担当した。彼は正教の洗礼を受け、ロシア名「ウラジーミル・ヨーシフォヴィチ・ヤマートフ」と名乗っている。

 ロシア最東端の日本研究拠点は、ウラジオストクの極東連邦大学・東洋大学で、日本語学科もウラジオストクにある。しかし、ご想像のとおり、日本語研究の最大の中心地はモスクワだ。

 モスクワの名門大学3校の学生と教員に、日本関連の学科に入学したきっかけや苦労、将来の夢、日本語の好きなフレーズなどを聞いてみた。想像してみてほしい。彼らの多くは、日本に一度も行ったことがないのに、大半の時間を日本語学習に費やしているのだ。何が彼らを動機づけているのだろうか?

モスクワ国立大学付属アジア・アフリカ諸国大学(IAAS)

 日本語学科は、1956年に、モスクワ国立大学東洋語大学(現IAAS)と同時に創設された。「この学科は、さまざまな時期に計7人の教員(うち3人が現役)が日本の勲章を授与された、ロシア唯一の学科です」と、日本語科の学科長、ステラ・ブイコワ准教授(文学博士候補〈博士候補は欧米のPh.D.に相当する〉)は語る。「そして2014年、この学科は国際交流基金賞を受賞しています」

 IAASは、ブイコワさんによると、長年、ソ連・ロシアの日本語教育の中核的な位置にあり、標準的なカリキュラムと教材などを生み出してきた。また、日本語学科には、裏千家の茶室もあり、日本で修業した教員たちが学生たちに茶道を指導し、日本文化を体感させている。 

 政治学を専攻するヤン・ヴィクトリアさん(3年生)は、サハリンからモスクワへやって来た。

 「日本語は、富士山のように、美しく魅惑的で、その難解さがむしろ人を引きつけます。なるほど、日本語は、外国人には決して完全には理解できないでしょう。でも、その点に、私たちにとっての良さもあると思います。なぜなら、学習・研究に限度というものがなく、いくらでも長く学べるし、しかも、決してそれに飽きることがないからです」。彼女はこう自分の日本語観を語る。

 「私にとって最も興味深いのは漢字です。それは美しくスマートで厳格です。一つの記号にこれほど多くの意味が込められていることに驚くばかりです。私は日本に行ったことはありませんが、日本語は私にとってこの国への道を開く鍵のようなものです」。ヴィクトリアさんは言う。サハリンには、日本の建築、史跡なども残っており、それも日本に関心を抱いた一因だと彼女は語った。

 歴史学専攻のマリア・ジダーノワさん(3年生)は、自身の日本語への興味について、次のように説明する。

 「ロシアと日本は、永久に境を接する定めで、これまで、そしてこれからも最も近い隣人であり続けるでしょう。人類が地球上で繁栄するためには、平和な関係が必須であり、それは、絶えず意見を交換することによってのみ得られます。人間的なコミュニケーションだけが、他の文明を理解し、対等な立場から対話を構築するための鍵であり続けるでしょう」

 マリアさんによると、日本語で最も難しいのは、無数の漢字、文法、そして聞き取りだという。 「ロシア語に比べて、日本語の響きはとても柔らかいので、文字通り耳を『調整』して、日本語の発話に耳を澄ます必要があります。でも、言語で最も面白いものは、同時に最も難しいものですね」。こうマリアさんは語る。

 マリアさんは日本を訪れたことはないが、すべてはこれからだと信じている。「あるとき、試験期間が始まる前に、日本史の先生が、私たちのグループに次のようなメッセージを送ってきました。

 「あなたがどこに足を踏み入れても、神々が未知の世界であなたを悪から守ってくれますように」

 マリアさんはこう振り返る。「たぶん、これが今まででいちばん気に入った表現の一つです」

 歴史学専攻のニキータ・オジェゴフさん(4年生)がいちばん好きな表現は、「そうですか」だ。

 「それは多面的で、質問すること、同意すること、または単に会話を続けることを意味する場合があります」。ニキータさんはこう説明する。彼は、子供の頃から日本の歴史に興味があり、この国を題材にした冒険小説を愛読した。日本語の知識を活かして、将来、国際関係の分野で働きたいと考えている。彼もまだ日本に行ったことがない。

ロシア国立研究大学高等経済学院(HSE)、教育プログラム「東洋学」 

 HSEの日本語専攻では、日本語、日本の文化と歴史を深く学ぶだけでなく、課外活動も積極的に行っている。「結び」という分かりやすい名の学生クラブがあり、そこでは、日本の祝祭日、ワークショップ、その他の「異文化イベント」を開催している。またHSEには、学生劇場「歌舞伎」があり、毎年、新しい公演を準備している。

 4年生のディーナ・コジュホワさんは、自分の人生を日本史研究と結び付けたいと考えている。「将来、日本に移住して勉強を続けるつもりです。日本の史家が書いた原文の史料を研究したいです」

 ディーナさんは、日本への親近感について次のように語っている。「私は、日本の“頑張る文化”をとても身近に感じます。何かを本当に達成したいなら、いついかなるときでも全身全霊で最善を尽くさなければなりません」 

 2年生のマトヴェイ・ショーミンさんは次のように言う。「私が自分で考えた主なルールは、日本語を学ぶときは、それまで知っていたヨーロッパの言語を、いったんすべて頭からリセットすべし、ということです。日本語学習で主な難題となったのは、言語の新しい『フォーマット』の構築でした」 

 マトヴェイさんは、日本語の文法から数式を連想するという。そこでは、必要な単語に置き換えればよい。その一方で、彼の考えによると、日本語のユニークさは、それが文脈によって微妙に意味とニュアンスが変化し、高度の感性を帯びていることだ。

 「互いに無関係だった二つの文明の、まったく異なる言語において、似通った考えが生まれることに、いつも驚かされます。たとえば、私は、『苦しい時の神頼み』という表現がとても好きです。これは、ロシアの『墜落する飛行機に無神論者はいない』という慣用句に似ていますね。さまざまな文化において、命の価値や困難な状況における人間の行動が同様に表現されるのを見て、私はこう思うのです。どこからどう見ても、やはり『われわれはみな同じ畑のイチゴだ(われわれはみな同類)』」。マトヴェイさんはこう言う。

 3年生のエカチェリーナ・リュビーマヤさんは、漢字の勉強が息抜きになっているという。「確かに漢字は膨大で、しかも一つの漢字に多くの意味がありますが、私はそれを書くのが大好きです。漢字の線は何時間でも書いていられて、とても瞑想的な気分になります」

 「私は、『笑う門には福来る』という慣用句が気に入っています。笑ったり冗談を言ったりすることが人生における主要な“スキル”だと、私は信じています。それなしでは、人生を生きることは難しい」。エカチェリーナさんは言う。

 3年生のダニール・マラホフさんにとっては、日本語を学ぶきっかけは推理小説だった。「高校時代に日本文学、とくに島田荘司や綾辻行人などの推理小説に親しみました。このころ、つまり10年生のときに、私は日本語の勉強を始めようと決心しました」

 ダニールさんは、将来、いろんな分野で日本語を活かせるだろうと考えている。「文化的な領域かもしれないし、学術研究かもしれません(私は日本の神話と、悪霊や鬼神を研究する『悪魔学』に興味があります)」。ダニエルさんの口癖は、漫画『ワンピース』の主人公ルフィの言葉だ。「できるかどうかじゃない。なりたいからなるんだ」

モスクワ国際関係大学(MGIMO)・国際関係学部

 これは、外交官を養成する、ロシアの主要な大学だ。日本語は、韓国語(朝鮮語)、インドネシア語、モンゴル語とともに、同じ学科で教えられている。同学科のマリア・シピロワ上級講師によると、学期中、1つのグループの日本語は、1人ではなく、複数人(最大5人)の教員が担当するという。「これにより、学習プロセスにある程度の自由と多様性がもたらされると思います」とマリアさんは指摘する。  

 学生たちは、言語だけでなく、その国の国家機構や政治構造、歴史や文化も学ぶ。大学でどの言語のグループに振り分けられるかは大学側が決めるが、入学時に希望を示すことができる。「本学には多数の志願者がいます。ゼロから言語を学び始める初心者もいますし(中には日本語を学ぼうとまったく考えたことのない人もいます)、すでに学習経験のある人もいます」。マリアさんはこう説明する。

 マリア・イリュシヒナさんは2年生で、子供の頃に祖父が、『もののけ姫』の入った最初のカセットを持ってきてくれたことを覚えている。

 「そのときに、私はこの国が大好きになりました。私は2020年の、外出制限の期間中に日本語を勉強し始めました。そして、勉強がある程度進むと、ロシア語に吹き替えられたアニメを見るのに飽きてしまいました。でも、オープニングの言葉が分からないので、東洋の言語を教える学校を探さなければならなくなりました。そして、先生と私は今まで3年間、二人三脚で歩んできたわけです」

 マリアさんによると、彼女にとって最も難しいのは、敬語とカタカナだという。そして一番面白くて好きなのは漢字だ。マリアさんのお気に入りのフレーズは、「いただきます」と「ごちそうさまでした」の2つだという。「なぜそんなにしっかり覚えてしまったのか分かりませんが、たとえ夜に起こされても、これらの表現は問題なく言えます!」と彼女は笑った。

 「私は今、国際法の法務専門家になるために、MGIMOで学んでいます。将来は、何よりもクリル諸島をめぐる対立をなくすために日本と協力したいと思っています。また、MGIMOの日本クラブでは、日本の法律をテーマにした多くの論文を書きました。将来的には、日本人の専門家たちと彼らの言語で協力したいです」。マリアさんは計画を語る。

 彼女は日本に行ったことはないが、必ず行くつもりだ。「訪問を予定している場所の一つは、現存する国内最古の天守閣の一つを持つ松本城です(*松本城の天守は、複数の建造物が連なる天守群なので、建造時期を特定することは難しい)!そしてもちろん、富士山を見て、本物の日本料理を食べてみたいです!」

 4年生のマリーナ・カラセワさんは、今年8月に幸運にも初来日することができた。「私はMGIMO日本クラブのリーダーです。このクラブを土台に、日露学生会議(JRSC)が長年開催されてきました。この夏は東京で開催されました」

 マリーナさんは、「第二外国語」として日本語を勉強している。「文法について何か新しいことを知るたびに、『日本人はいったいどうやってこんなことまで考えたんだろう?』と思います。漢字についても同じで、漢字の要素(偏と旁)がすごく面白い連想を誘うので、研究欲求が増す一方ですね」。マリーナさんはこう言う。

 「弘法にも筆の誤り」。これがマリーナさんの好きな諺だ。「伝説とのつながりに引きつけられました。日本文化に詳しくない人は、弘法大師とは何者なのか、そもそも諺が何を意味するのか分からないでしょう。その意味は含蓄が深く、最高に賢くて経験豊かな人でも間違いを犯すことはあるが、それは何も悪いことではない、ということですね。私たちは、この考えをもっと頻繁に思い出す必要があると思います」。マリーナさんはこうコメントする。

 ウラジーミル・モゼバーフさんは、MGIMO を卒業した後、その知識を母校から与えられた使命にしたがって活用している。つまり、現在はMGIMOで日本語を教えているわけだ。彼は、2015年に学部長から日本語教育を委ねられた。

 「日本語は確かに、長年にわたり知的挑戦を突き付けてきます。それには驚かされっぱなしです」とウラジーミルさんは言う。

 「私は、大学間の交換留学でほぼ1年を日本で過ごしました。そこで暮らした思い出は永遠に私の心に残るでしょう。日本滞在中に私は、四字熟語への“愛”を知りました。私の好きな慣用句は『勧善懲悪』です。7世紀初めに聖徳太子が制定した『十七条憲法』第6条の内容を伝えています(*「悪しきを懲らし善を勧むるは、古の良き典なり…」)。もっと単純なものでは、『弱肉強食』や『以心伝心』をよく口にします。そして、もちろん忘れてはいけないのが『焼肉定食』です!」。彼は冗談を飛ばす。ああ、日本の焼肉定食を食べたい!‥

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