「Apple TV+」のドラマ『フォー・オール・マンカインド』(原題: For All Mankind)は、1960年代の米ソの宇宙開発競争が終わらなかったという設定の世界が舞台だ。シーズン3 エピソード6では、米ソの宇宙飛行士が火星にある研究施設でパーティーを開いている。みんなが飲んでいると、ソ連チームのチーフが、ロシアのツァーリ、「恐るべきイワン」(我々は、これはたぶんイワン雷帝のことだろうと思う)は、「旅のために」――ロシア語では「ナ・ポソショーク」――10回乾杯する慣わしだったと言う。果たしてこれは本当か?
「For All Mankind」のシーン
Ronald D. Moore; Matt Wolpert; Ben Nedivi/Tall Ship Productions; Sony Pictures Television, 2022歴史家リュドミラ・チョールナヤによれば、たしかに、ツァーリ隣席の饗宴では、多くの乾杯が行われた。ただし、ロシア語では「乾杯」ではなく「zdravitsa」と呼ばれていた。このロシア語は、「健康を祈る言葉」と訳せる。
最初の乾杯(zdravitsa)は、宴会が始まるとすぐだった。ツァーリ自らが客のために乾杯した。 「客は、年功序列の順に玉座に近づき、ツァーリの手から盃を受け取り、数歩下がって飲み干し、元の場所に戻した」。チョールナヤはこのように儀式を説明している。
こうした乾杯は、修道士や司祭をも含め、出席者全員に義務付けられていた。歴史家リディヤ・ソコロワによると、ツァーリの健康のために飲むのを拒むことは、ツァーリの偉大さに対する侮辱だった。
クレムリンのグラノヴィータヤ宮殿における饗宴、16世紀
Public domain最初の乾杯の後、まずツァーリの家族の面々の健康、次いで総主教の…という具合に、さらに多くの乾杯の辞が述べられた。
次々に乾杯がなされるなかで、チョールナヤによると、ツァーリ自身がときおり客の健康のために乾杯し始めた。ツァーリが誰かの健康のために乾杯したときは、その人は盃を手に起立し、すっかり飲み干さなければならなかった。
饗宴は、最後の乾杯と祈りで終わった。もてなしのしるしとして、ツァーリは、饗宴の後に残ったいくつかの酒樽をモスクワの客の家に送るよう指図することがあった。
『頭絡を持っている農民。ミナ・モイセエフ』、イワン・クラムスコイ作
Ivan Kramskoyロシアのインターネット上では、「ロシアにおける出発前の10回の乾杯」なるものがよく見かけられ、その人気リストには、「サドルの前」や「ゲートを通過した後」の飲酒が含まれているが、これはおそらく現代のジャーナリストがつくったものだろう。
ロシアで最も頻繁に行われる乾杯がこちらにリストアップされている。「ナ・ポソショーク」(ご無事でお帰りになられるように!)はどうか?
そろそろ帰ろうという客人に勧める最後の一杯は、「ナ・ポソショーク!」と呼ばれている。昔の旅人は、「ポーソフ」なる棒を杖にしており、帰りも無事であるように「ナ・ポソショーク(「ポーソフ」の愛称)!」を飲み干すのが習わしだった。
帰ろうとする客に敷居まで付き添い、最後の盃が渡された。これは、客がどのくらい酔っているか、いわばテストするものだった。客が杖の頭に置かれた小さなグラスを飲むことができれば、「帰宅できる」と判断された。つまり、自宅その他の場所に帰れる状態だというわけだ。もし、彼がグラスを落とせば、客はここで夜を過ごすべきだという判断材料になった。
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