ソ連時代の最高のアクセサリー、「アヴォーシカ」の秘密

Genady Popov/ TASS; Pavel Sukharev; Vladimir Vorobyov; Anatoly Boldin/ MAMM/ MDF
ソ連時代、文字通り、誰もがこの「アヴォーシカ」(ひょっとしてバッグ)を使っていた。そして今、このバッグは世界のファッション産業のトレンドとなっている。さて、その秘密とは?

1. ソ連ナンバー1のショッピング・アクセサリー

 ソ連の市民はいつでもどこでもこのアヴォーシカを提げていた。この網の袋はすこぶる便利なものだった。というのも、とても軽くて、どんなバッグにも、どんなビジネスバッグにも、そしてポケットにも入れることができたからである。アヴォーシカは、最大70キロの荷物を入れることができ、メリー・ポピンズのバッグのように、どんな大きさのものでも入れることができた。スイカを運ぶのにも便利だったし、とがったパッケージ―ソ連のピラミッド型をした牛乳パックなどの食品を入れても破れる心配がなかった。

 ソ連でアヴォーシカの大量生産が始まったのは1930年代。網の袋はどれも、24目x14段で作られていた。最初のころは、カバンの部分と同様に編まれた取っ手がついていたのだが、後により持ちやすい柔らかい筒型の取っ手に変わった。アヴォーシカと一緒に使うカッコいい“デバイス”の一つだったのが、専用のフック。アヴォーシカとは別売りで、たとえば公共交通機関の手すりやつり革に引っ掛けることができ、とても便利だった。

 アヴォーシカの欠点があるとすれば、それは中身が丸見えだったことだ。しかし、ソ連市民はそれほどプライバシーに厳しくなかったし、アヴォーシカの中に、見られて困るようなものを入れることはなかった。レオニード・ガイダイ監督の「ダイアモンド・アーム」の中には、これに関するおもしろいエピソードがある。主人公がその中に・・・ピストルを隠すというものである。

2. 魚取り網で作られたと言われているが、正確ではない

魚取り網(左)と「ビルム」というバッグ(右)

 この奇跡のように素晴らしい産業デザインは誰が考案したものなのだろうか?アヴォーシカがどのように生まれたのかについてはいくつかの説がある。しかし、いずれも互いに矛盾しているわけではない。「ロシアで生まれたとされる」アヴォーシカの誕生は魚取り網と関係がある。漁業はロシアでは広く行われていた。このほか、ロシアの手工業者は昔から、樹皮、蔓、糸、ロープなど、さまざまな素材を使って、さまざまなものを編んできた。最初のアヴォーシカはまさにそんな模様で編まれていた。

 一方、チェコで作られたとする説もある。19世紀末に、企業家のヴァヴルジン・クルチルは女性用のヘアーネットの製造を始めた。

 モスクワ・デザイン美術館促進部のオリガ・ドゥルジニナ部長は、

「しかし事業はうまくいかず、そこでクルチルは製造してしまったもので、何か別のものを作ろうと考えました。そこでネットに取っ手をつけて、バッグとして売り出したのです」と話す。

 アヴォーシカの元になったと見られる遠い親戚は「ビルム」というバッグ。ドゥルジニナさんは言う。

「パプアニューギニアやパナマの女性が持っていた網バッグで、今でも赤ん坊を運ぶのに使っています。バッグに赤ちゃんを入れて背負い、広いベルト状の取っ手を額に引っ掛けるのです」。

3.「アヴォーシカ」という名称は、「アヴォーシ」という単語からきている

 アヴォーシカという名称とその由来も素晴らしいが、多くの人はこの関連性に気がついていない。

 「アヴォーシカ」を日本語に訳すと、「ひょっとしてバッグ」となる。

 最初のアヴォーシカがロシアに登場したのは革命後である。レフ・トルストイの娘であるアレクサンドラの回想録には、内戦の時代の様子が次のように綴られている

「人々はソリを引いたり、袋やアヴォーシカと呼ばれるバッグを持って舗道を歩いた。ひょっとしたら、牛肉や馬肉、干したローチ(コイ科の魚)かニシンが手にはいるかもしれないと」。

 ロシア語のアヴォーシという言葉は、あまりうまくいくような根拠がない事柄がうまくいくよう、「ひょっとして、もしかしたら」と期待することを意味するのである。 

 この言葉が国民の間に根付いたのは大量生産が始まった1930年代だが、その後、ソ連の人気お笑い芸人、アルカージー・ライキンがこの言葉を使ってからさらに定着した。あるモノローグで、ライキンは網のバッグを持った人を描写した。

「これはアヴォーシカ。ひょっとしたら、ここに何か入れて持って帰れるかも・・・」。

4. ポリ袋の登場により、姿を消したアヴォーシカ

 アヴォーシカは1970年代の末にソ連の生活から見かけなくなった。ポリ袋というものが登場したからである。

 ほとんどのポリ袋は外国から輸入され、おしゃれなアクセサリーとなった。ソ連の人々は古い習慣で、アヴォーシカと同様、ポリ袋を洗い、乾燥させ、何度も繰り返し使った(すっかりダメになってしまって廃棄した)。 

 しかし、それでもアヴォーシカはキッチン用品として主婦に使い続けられた。主婦たちはアヴォーシカにニンニク、タマネギなどを保管し、冬には食料品を入れて窓から吊るした。ソ連式冷蔵庫である。また普通のネットとしても使われ、ザリガニを捕まえるのにも使用された。

5. 再びトレンドに

ステラ・マッカートニー(左)とH&M(右)のアヴォーシカ

 ソ連時代には、エコ活動が盛んであった。古紙収集だけでなく、金属を集めたり、スボートニクと呼ばれる土曜の勤労奉仕活動もあった。そしてアヴォーシカを持ってショッピングに行くこともエコ活動の一つであった。プラスチックごみの削減を訴え、エコ志向が高まるようになった最近、環境によくないポリ袋に変わる安いアヴォーシカが再び見直されている。 

 アヴォーシカは環境にやさしいだけでなく、とにかく安い。普通のアヴォーシカは150ルーブル(およそ260円)で買える。ただし、最近はおしゃれなデザインのものがたくさん出ていて、かなり高価なものもたくさんある。しかもプラダ、KENZO、ステラ・マッカートニーらもアヴォーシカにインスピレーションを得ており、このようなものは3万ルーブル(およそ5万円)もする。

 しかし、アヴォーシカは今も、一般のロシア人の生活の中にある。リーズナブルなスーパーマーケットチェーンにも、「アヴォーシカ」という名前の店がある。

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