ロシア文学にいかに吸血鬼は現れたか

Kira Lisitskaya
19世紀ロシアの社交界にも吸血鬼が登場していた。ただし、呼び名は違ったが。 

 吸血鬼はヨーロッパ起源だとお思いだろうか?実はそうではなく、ロシア由来の現象だという。

「あなた方は、彼らをヴァンパイアとお呼びになりますが、ロシアでの本当の名前はウプイリです。彼らは、純粋にスラヴ起源です――ヨーロッパ全域やアジアにさえ見られますが。ですから、ハンガリーの修道士たちが歪曲した名前に固執する根拠はありません。彼らはすべてをラテン語風に変えることに決め、ウプイリをヴァンパイアにしたのです」

 これはアレクセイ・コンスタンチノヴィチ・トルストイ(1817~1875年)の中編小説『ウプイリ(吸血鬼)』(1841年)の冒頭からの引用だ。彼は、文豪レフ・トルストイの又従兄であり、ロシアの有名な小説家・劇作家である。

ロシア文学における「魔物」

 ロシア文学には、悪霊や死者、一種の「ホラー」を題材とした作品がすでに存在していた。

 このジャンルの代表的作家は、ニコライ・ゴーゴリだ。作品としては、短編小説集『ディカーニカ近郷夜話』(1831~32年)、一連の「ペテルブルクもの」(1830年代)、中編小説集『ミルゴロド』(1835年)などが挙げられる。『ミルゴロド』には、ロシア文学“最恐”の作品の一つ、「ヴィイ」が収められている。

 ゴーゴリの幻想的な作品は2タイプに分けられる。その一つは、ユーモアを含んだ物語で、魔物はあまり怖くなく、人々の生活に入り込んでいる。『降誕祭の前夜』では、若い元気な鍛冶屋が、悪魔をやっつけて背中に乗っかり、無理やり自分の役に立たせた。しかし逆に、とても怖くて一見リアルな話もある。たとえば、夜になると死者が棺から起き上がり、人々を恐怖させる…。

 その点、A.K.トルストイの中編はやや傍系だろう。

A.K.トルストイの描いた吸血鬼たち

 『ウプイリ』(1841年)は、大勢が出席している舞踏会のシーンから始まる。世間話でもするかのように、若いのにすっかり白髪になった男が、主人公ルネフスキーに語りかける。舞踏会は吸血鬼だらけである、と。そして、誰が吸血鬼であるかをいちいち名指しし、自分は、彼らの多くの葬儀に出席した、と言う。そして彼らは今ここで、若者たちの血を吸おうとしているのだと。

 ルネフスキーは困惑し、最初は信じようとしなかった。そして、こいつは頭がおかしいのだと思う。

Evegeny Tatarsky/Lenfilm, 1991

 さて、主人公は、孤児のダーシャを恋するが、その祖母についてはウプイリだという噂があった。そして、ダーシャの母親も早死にし――もっとも死因は結核だというが――、祖母のドレスに彼女の血がついていたのが見つかった…。

 しかし時が経つにつれて、いくつかの点と間接的な兆候により、ルネフスキーはウプイリたちの実在を信じ出す。そして、最愛のダーシャもこの世の人ではないように思え始める。

 さまざまな考えと疑念に沈むルネフスキーは、舞踏会のあの男に会う。

 「そうだ、親愛なる友よ。私もまだ若いのだが、髪は白髪になり、目は落ちくぼんで、男盛りなのに老人になってしまった。私は帳の端を持ち上げて、神秘の世界を覗き見たのだ」

 そして彼は不思議な話をする。イタリア滞在中、彼と友人たちは、廃墟と化したゴシック様式の邸宅に入ったという。地元の誰もがそれを「悪魔の家」と呼んでいた。深夜そこでは、神秘的な出来事が起きていた。何が幻覚で夢なのか、何が現実なのか、それとも誰かの悪辣ないたずらなのか、誰も分からなかった。

 かつてその場所には、異教の神殿があったことが判明した。そこには、ロシアのウプイリによく似たラミアまたはエンプーサ(*いずれもギリシア神話に登場する怪物)が棲んでいた…。

 モスクワでルネフスキーは、恋人ダーシャの弟、ウラジーミルと出会う。この弟は、ウプイリについて語った男といっしょに、あの「悪魔の家」に行ったことがあるという。そして彼は、全然別の話をする。

 結末で読者は、選択を迫られる――誰を信じるべきか?

 トルストイの『ウプイリ』は2度映画化されている。1967年には同名のポーランド映画が公開され、1991年にはスリラー映画『血を吸う者たち』がソ連で製作されている。

ロシアの吸血鬼の起源は

 トルストイは、イギリスの小説家・医師、ジョン・ウィリアム・ポリドリ(1795~1821年)の短編『吸血鬼』に触発されて『ウプイリ』を書いたと考えられている(ちなみに彼は、詩人バイロンの主治医だった)。この作品で初めて、血を吸う野生的な怪物が貴族として登場した。ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』(1897年)が現れるのはずっと後のことだ。『吸血鬼』のプロットはバイロン卿自らがポリドリに提案したものだった。ただし、トルストイのそれとの類似性は、冒頭の場面設定に限られている。

 『ウプイリ』より前に、トルストイはゴシック風の小説『吸血鬼(ヴルダラーク)の家族』(1839年)を書いている。これにより、詩人アレクサンドル・プーシキンの新造語「ヴルダラーク」を「吸血鬼」の同義語として定着させた。しかし、この物語が出版されたのは、作者の死後、1880年代になってからだ。

 一方、「ウプイリ」は確かにロシア固有の言葉だ。これは、スラヴ神話の登場人物、つまり墓から起き上がり、生きている人々から血を吸う死者たちの呼び名である。ウプイリは、ロシア民話にも登場する。多くの場合、彼らは教会から破門された人間であり、彼らから逃れる唯一の方法は、聖水を彼らにかけることだった。

 ウプイリは概して、西欧の吸血鬼に似ており、言語学者たちは、「ウプイリ」と「ヴァンパイア」は共通の語源をもつ、と考えている。 

*日本語訳:

『吸血鬼(ウプイリ)』、栗原成郎訳、国書刊行会『ロシア神秘小説集』、1984年。

『吸血鬼(ヴルダラーク)の家族』、栗原成郎訳、国書刊行会『ロシア神秘小説集』、1984年。後に河出文庫『ロシア怪談集』(1990年)に収録。

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