現代ロシアを代表する10人の作家

Russia Beyond (Photo: Vladimir Pesnya, Vitaly Belousov/Sputnik; Gezett/ullstein bild; Getty Images)
 ここに挙げる偉大な作家たちは、あらゆる社会的・政治的な議論を超越する文化遺産を生み出してくれた。

1. アレクセイ・イワノフ

 ウラルの孤高の作家アレクセイ・イワノフは、モスクワの作家たちの社交界とも距離を置き、その作品も文学のメインストリームとは一線を画す。どの作品も独特の映画的な空気感を持ち、事実、何度か映画化されている。

 テーマとジャンルも、作中で扱う時代も多種多様だ。

  • 『地理学者が地球儀を飲みつぶした Географ глобус пропил』― 川下りに繰り出す生徒たちの話。 
  • 『パルマの心臓 Сердце Пармы』― シベリア原住民と戦う古代ロシアの公侯たちの話。
  • 『悪天候 Ненастье』― 1990年代の混乱の中、自分の居場所を見つけようと奮闘するアフガニスタン戦争の元従軍者の物語。
  • 『トボル Тобол』― シベリア初の石造りクレムリン(城砦)の建設の話。
  • 『公共食堂 Пищеблок』-ヴァンパイアが棲むソ連のピオネール・キャンプを舞台にした神秘ファンタジー。

  イワノフ作品の重要な特徴の一つが、作中の時代に即した言語と様式への入念かつ真摯な取り組みだ。例えば中世シベリアの部族を描写する時は、必ずそうした民族の語彙を多用するのである。

2. アレクセイ・サリニコフ

 サリニコフはしばしば、2010年代最大の文学的発見と評価される。ウラル出身のこの作家・詩人は2016年に出た『インフル病みのペトロフ家 Петровы в гриппе и вокруг него』で一躍脚光を浴びた。地方の平凡な家庭が新年を前に突然家族揃ってインフルエンザに罹患し、熱に浮かされつつ、時空を超越したかのような幻覚とともに過去を回想するストーリーである。

 この小説はベストセラーとなり、評論家は作品の新鮮な語り口と文学に対するスタンスを評し、ゴーゴリやブルガーコフも賞賛するだろうと激賞した。

 2021年、キリル・セレブレンニコフ監督による映画化作品がカンヌ映画祭で初公開され、好評を博した。

 サリニコフの他の作品にも注目だ:

  • 『間接的 Опосредованно』は、詩をあたかも麻薬のように表現している。
  • 『オカルトトリガー Оккульттрегер』― 人型の悪魔が闊歩する奥地を舞台としたファンタジー。
  • ウラルの警察官が主人公のブラックコメディ『部署 Отдел』の後、サリニコフ作品はアレクセイ・バラバノフの映画作品と比較されるようになる。

3. ボリス・アクーニン

 日本学者のグリゴリー・チハルチシュヴィリは日本文学の翻訳を数多く手がけてきた。また、『ロシア国家史』は現在も続巻が出続けている野心的大作で、歴史からイデオロギー的虚飾を排して著述しようとするものである。

 しかし彼はむしろボリス・アクーニンというペンネームの方がよく知られている。アクーニンはロシア人探偵エラスト・ファンドーリンという大人気キャラを生み出し、20作近いファンドーリン・シリーズを読者に届けた。19世紀末~20世紀初頭を舞台に活躍する魅力的な貴族探偵ファンドーリンは令嬢を救出したかと思えば、ロシアそのものを窮地から救い出してもいる。シリーズ全てを読破するに越したことは無いが、中でも特に傑出する作品は以下のものだろう:

  • 『トルコ捨駒スパイ事件 Турецкий гамбит』― 婚約者を追って露土戦争の最前線に乗り込んだ女性が主人公のスパイ小説、映画化もされた人気作。
  • 『死の恋人 Любовник смерти』は、モスクワのスラム街ヒトロフカに暮らす孤児達とギャングの生き様を鮮やかに描写している。
  • 『ダイアモンドの馬車 Алмазная колесница』は、日本が舞台となっている。

4. ヴィクトル・ペレーヴィン

 最も謎めいたロシアの作家だろう。この20年、誰もその姿を直接見ていない。しかし彼は毎年、提携している版元に電子メールで新作小説を送っている。そして秋になると毎年のように、評論家もファンも、その小説は天才かそれとも凡庸か、論争が繰り返される。どの作品も現実社会の風刺と、ディストピア的要素が含まれている。新作のタイトルも、『KGBT+』と、実に“らしい”。

 ペレ―ヴィンは1990年代に一躍脚光を浴び、代表作とされる作品もその時期に書かれたものが多い:

  • ディストピア小説『オモン・ラー Омон Ра』は、宇宙飛行士に憧れたソ連の少年を主人公に、ソ連的生き方の不条理を描いた。
  • ロシア初の「禅仏教系小説」である『チャパーエフと空虚 Чапаев и Пустота』は、不条理と陳腐さとアイロニーの混沌だ。舞台は内戦時代と、ペレストロイカ後の1990年代ロシア。
  • 『ジェネレーション〈P〉 Generation «П»』は、モスクワの文学大学を出た若者が、広告とカネと犯罪とセックスの世界に身を投じる様を描く、一大ベストセラー小説だ。

5. ヴラジーミル・ソローキン

 ロシアの大作家ソローキンは、1980年代にモスクワでのアングラ活動からキャリアをスタートさせた。評論家の言を借りれば、ソローキンは視覚芸術から文学にコンセプチュアリズムとソッツ・アートを持ち込んだ。彼の作品はディストピア的世界観と強烈な風刺に満ち、一部の予言は不思議なまでに的中した。ソローキン作品はしばしば新たな中世的慣例が登場しつつ、登場人物は例えば核戦争後の未来に置かれたりする(『ドクトル・ガーリン Доктор Гарин』など)。

 そのストーリーは極めて挑発的で、多くの人々の感情に触れた結果、若者団体がソローキン作品からの引用を燃やす運動にまで発展したこともある。後年、ソローキンは小説『マナラガ Манарага』で応えた。作中、書籍は富裕層のための高価な食事を作る際の燃料として使われている。

他にソローキンの代表作は:

  • デビュー作『ノルマ Норма』は、KGBと全体主義をテーマとした難解なコンセプチュアル作品で、1980年代に地下出版物として流通したものだった。
  • 『親衛隊士の日 День опричника』は、2028年のロシアを舞台に治安部隊を描くディストピア小説。
  • 小説『テルリア Теллурия』をソローキンの代表作とみなす意見も多い。50篇の短編から成り、舞台となる近未来のロシアは複数の公国に分裂し、そこにはロシア正教徒の共産主義者が暮らしている。

6. グゼリ・ヤーヒナ

 ヤーヒナのデビュー作『ズレイハは目を開ける Зулейха открывает глаза』は、たちまちベストセラーに躍り出た。スターリン時代のタタール人のシベリア強制移住に関する資料を集めたヤーヒナは、それらを自分の祖母の回想と組み合わせ、自由な発想で散文として昇華させた。作中、一方では弾圧の恐怖を描きつつ、悲惨な境遇でも人は自己を見つめ、自分の道を切り開けることを描写している。2020年に作品はドラマシリーズ化して放送されたが、タタルスタンのムスリム系コミュニティの不興を買うなど、スキャンダルに見舞われた。

 読者がヤーヒナの映画的小説(彼女はモスクワ映画学校の脚本科を修了している)に熱中する一方、批評家はヤーヒナが意図的にデリケートなテーマを利用していると批判もしている。彼女がその後発表した二つの作品も、ソ連の歴史の中の困難なテーマを扱っている:

  • 『私の子供たち Дети мои』はヴォルガ・ドイツ人と内戦、飢餓と強制移住を扱っている。
  • 『サマルカンド行き疎開列車 Эшелон на Самарканд』は、南方へ疎開させられる、沿ヴォルガ地方の飢える孤児たちがテーマだ。

7. エヴゲニー・ヴォドラスキン

 ドミトリー・リハチョフの門下生で、文献学博士、古代ロシア文学の専門家であるヴォドラスキンは、現代ロシアを代表する人気作家の一人でもある。作品も10数か国で翻訳出版されている。

 ヴォドラスキンに名声をもたらしたベストセラー『聖愚者ラヴル Лавр』は、愛する女性を失った中世の若者の物語だ。悲しみに耐えきれなかった若者は、神に仕える生涯を選び、国内を巡る宗教的な放浪に出る。若者は己の欲望を放棄し、人々に奉仕し、聖愚者となって病まで治すようになる。本作は近年発表された神をテーマとする小説の中でも最高の作品であるとして、国際的な評論家から絶賛された。

 ヴォドラスキンの作品は独創的かつ非常に多様だが、共通するのは、いずれも過去と現在、歴史と時の流れについて考察していることだ。以下のような作品がある:

  • 『ソロヴィヨフとラリオーノフ Соловьев и Ларионов』は、白軍の将軍と、彼の生涯を研究する学生の物語。
  • 『飛行士 Авиатор』は、実験研究所で冷凍され、1990年代に蘇らされたソロヴェツキー収容所の囚人が主人公。
  • 『島の正当化 Оправдание острова』は、古い年代記を模して書かれた小説。
  • 『チャーギン Чагин』は、全てを記憶し、何一つ忘却しない能力を持つ人間の物語。

8. ザハル・プリレーピン

 現在、プリレーピンは政治家であり、社会活動家であり、TV司会者でもあるが、何よりも彼は作家だ。彼の創作エネルギーは、歌をラップミュージシャンと合同で収録したり、モスクワ芸術座の文芸顧問を務めるなど、多方面に発揮されてきた。現在はノンフィクションに軸足を置きつつあり、作家の伝記執筆なども行っている。

 かつてはリャザンのOMON(内務省の特殊部隊)に勤めたプリレーピンは、平易な青年目線の生活や心理に基づく物語を執筆してきた。その多くは、彼自身の経歴がベースとなっている。そうした主な作品は:

  • 『病理 Патологии』は、作者自らが経験したチェチェン戦争に題材を求めている。
  • 『サニキャ Санькя』は、プリレーピンを本格的に文壇に参入させた作品。若い過激派の革命家の物語。かつてはプリレーピン自身も、エドゥアルド・リモノフ率いる国家ボリシェヴィキ党に所属していた。
  • ベストセラー『罪 Грех』は、地方の平凡な若者が成長する中で直面する様々な場面を描いた実録的小説。
  • 『僧院 Обитель』は、同様に平凡な青年が1920年代のソロヴェツキー収容所を生き抜こうとする様子を描いた記念碑的作品。

9. マリーナ・ステプノワ

 ステプノワは医師の家庭に育ち、若干15歳で腫瘍病棟に看護師として働き、そこで「人間の本当の恐るべき苦しみ」を目撃した。後に翻訳と文学を学んだ彼女は、男性誌XXLの編集を長年務めた。同誌の廃刊後に執筆を始め、今ではロシア文学の伝統の正当な継承者として扱われるようになった。上質な散文は、彼女の多くの作品を特徴づけている:

  •  小説『外科医 Хирург』は、ステプノワ自身の医療現場での体験を活かした作品。現在の整形外科医と11世紀ペルシャの独裁者を、奇妙な形でリンクさせた物語で描いている。
  • 絶賛された『ラーザリの女 Женщины Лазаря』は、天才数学者ラーザリ・リンドを、彼が愛したそれぞれ異なる年代の3人の女性の回想を通して描いた作品。
  • 小説『園 Сад』は、自由で独立した19世紀のツルゲーネフ作品的な女性がヒロインだ。

10. リュドミラ・ウリツカヤ

 歴史的な出来事を通して、一つの家族を何世代にもわたって観察するのが、ウリツカヤのメソッド。政治と権力(特に全体主義的な権力)がどのように人々に影響するのかが、彼女の最大の関心事だ。彼女の作品は、人道主義的価値観と愛をストレートに謳いあげる。

 新たな長編は執筆しないと宣言しているが、彼女のファンは今のところは以下のような過去の名作を読み返しつつ、せめて短編集を出して欲しいと期待し続けている。

  • 緑の天幕 Зеленый шатер』は、反体制派や地下出版物、知的な人々の生活と仕事を妨げる官僚機構の不条理など、1960~70年代ソ連の社会の断面を鮮やかに活写した一大絵巻。
  • 『通訳ダニエル・シュタイン Даниэль Штайн, переводчик』は、ゲシュタポで勤務しつつ人々を救出し、後にイスラエルでカトリック聖職者になったポーランド系ユダヤ人が主人公の、実話に基づく小説。本作は、キリスト教とイスラム教とユダヤ教の和解を目指す書でもある。
  • 『ヤコブの梯子 Лестница Якова』では、ウリツカヤはラーゲリを経験した彼女の祖父の物語を大胆に書き上げた。

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