「ノミを打ち付ける」というロシア語の表現は、精密な作業を現すのに使う。由来は、作家ニコライ・レスコフが19世紀末に書いた物語だ。作中、トゥーラの職人レフシャは、イギリスの職人が作った鉄製のノミに蹄鉄を打ち付け、ロシアの武器職人たちの技を見せつける。
レスコフの物語はあくまで創作だが、現代のロシアには、本当にノミに装蹄し、多数のマイクロ・ミニチュア作品を生み出した職人がいる。彼はアナトリー・コネンコ氏、69歳。
その作品をみて見よう:
オムスク教育大学の美術・グラフィック学部を卒業する前年の1981年、アナトリー・コネンコ氏は1つの疑問を抱いた。顔の全てのパーツが判別できる程度で、最も小さいポートレートを描くとしたら、どんなサイズになるのか?
「私はアーティストですが、もう1つの専門は発明です。したがって、私の中でアーティストかつ発明家という融合があるのです!様々な取り組みを通じて辿り着いた結論は、アーティストにとって最も究明されていないものは、とてもとてもとても小さく描くことにある、ということでした」
と、コネンコ氏は振り返る。
試行錯誤を経て、彼は道具の小型化とともに、材料も小型化していった。技を完成の域に高めるまでに15年近くを要したと、彼は語っている。
現在、難易度の高い作品を作る場合は1か月近くを費やしている。World Records Academyが世界最小として記録したミニチュア水槽の制作には、3週間かかった。極小の部品こそ使わなかったものの、本物の魚卵の粒と植物の胞子、極小の水草、毛細管を用いたエアーポンプは独自の手法を要した。
「生きた魚が居られるように空気を送り、小さな気泡が出るようにする必要がありましたが、それを水中で実現するのは非常に難しかった」
と、コネンコ氏は説明している。
コネンコ氏が極小の筆と彫刻刀を使う時は、心臓の鼓動に合わせて動かす。指先の血管が脈動してしまうのだ。そのため、正確な作業のためには、心臓が鼓動する合間を捉える必要がある。
「リズムさえ掴めば大丈夫、作業はうまくいきます。瞑想のために音楽をかけることもあります」
と、コネンコ氏は語る。
リンゴの種のネックレスとイヤリング。ガラス。ゴールド。2.7 mm
Press photoコネンコ氏が現在も暮らしているオムスクをテーマにした作品には、特別な意味を持たせている。2016年のオムスク300周年の作品は、白い陶器の板の上にイルティシ川とオミ川の合流地点で採取した砂粒を並べてOMSKの文字列(しかも各文字の砂粒の数は、それぞれの文字の番号と同じ個数)を作り、そのOの字の真ん中に1本の髪の毛を配した。
「作品は、私たちの博物館に展示してあります。来場者は見て、読んで、これは何の為だろう?こんな事にどんな意味があるのだろう?どうしてこの手法なのだろう?など、色々と考え込みます。何の為か?それは、注目を集めるためですよ」
と、作者は語る。
コネンコ氏の先品は、国外でも注目を集めている。アメリカ、ドイツ、フランス、チェコ、スペイン、日本、中国で作品が展示されてきた。
「どこでも同じように、強い関心を寄せられます。これだけ小さい作品を作る、魔術とでも言うべきものを感じてみたい、という思いがあるのでしょう。1ミリメートルの本をどうやって作るのか、想像もできないでしょう。でも、それが目の前にあるのです」
と、コネンコ氏は語る。
コネンコ作品のファンには、特殊なカテゴリもいる。コネンコ氏自ら、彼らを訪ねて作品を披露している。月に3回、刑務所を訪問しているのだ。
「収容所は数が多いので、招かれる全てを訪ねるのはどうしても間に合いません。囚人はとても感謝してくます。博物館でも滅多に見られないものを見る機会を、彼らは重宝しています。何かを持ってきて、披露して、話をしてくれるのを、大変ありがたがってくれます。普通の人は博物館に行けますが、彼らにその機会はありませんからね。だから、私の方から訪ねて行くのです」
と、コネンコ氏。
これほど極小サイズの作品を作れるアーティストは、世界中に11人しかいない。その多くは、旧ソ連の諸地域のミニチュア作家だ。
ミニチュア水槽、装蹄したノミ、ラクダのキャラバン、バイオリンを持ったキリギリスなど、 極小ミニチュア作品の価格は、50000ユーロにも達することもある。しかし現在、顧客の大半はロシア国内だ。コネンコ氏が販売用に制作するのは、主にイラスト入りのミニチュア本。一方、普通のサイズの絵画も描いている。オムスクのプーシキン記念図書館にあるコネンコ氏の展示室には、オムスクの風景を描いた水彩スケッチが展示されている。
作品への関心と高値について、コネンコ氏の説明はごくシンプルだ。
「人の手が造り出してきた物はいつでも、大きな需要と高い値段がついてきました。世界中の職人たちが、伝統的な技法で一点ものを作り続け、それらはいずれも高額です。工場や製造ラインでは作れない品だからです。彼らは伝統を守り、需要も維持している。彼らの労力はこれからも高く評価され続けるでしょう」。
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