ソ連・ロシアの体操選手たちが披露した驚くべき技の数々(映像付き)

ソ連の体操選手オリガ・コルブト

ソ連の体操選手オリガ・コルブト

Dmitry Donskoy/Sputnik
 これらの技は、失敗すれば深刻な怪我に繋がる危険があった。それでも、選手たちは挑戦した。

 「フリップをするのはいつも怖かった。それはもう!機械的にこなせるレベルになっても、私は引退するその日まで、平行棒に近づくと心臓が恐怖のどん底まで落ちていくようだった。足に力が入らず、めまいがして、吐き気のようなだるさがあった」と、ソ連の体操選手オリガ・コルブトは後に自叙伝に書いている。

コルブト・フリップ

 オリンピック金メダルを4回獲得したオリガ・コルブト。後に彼女の名を冠されることになるフリップ技をコルブトが初めて披露したのは、1972年のミュンヘンオリンピックだった。段違い平行棒の演技の時、彼女は最上段の平行棒の上に立ち上がると、後方に宙返りを行って、手で平行棒に掴まった。

 後に、ルール変更に伴ってこの技は禁止された。平行棒の上に立つことが禁止されたのだ。選手が平行棒の上に立ち上がることで、縁起のリズムが乱れるとされた。しかし一部では、この技が禁止されたのは、その危険性所以であると噂された。

ムーヒナ・フリップ

 世界選手権で金メダル3回獲得、欧州選手権で金メダル4回のエレーナ・ムーヒナは、それでなくとも困難なコルブト・フリップをさらに進化させた。ツイスト、つまり、後方宙返りに回転を加えたのだ。この技も後に禁止された。

 ムーヒナはソ連選手団で最も将来を嘱望された選手の1人だった。しかし、悲劇がオリンピックへの道を閉ざした。80年オリンピックに向けてトレーニング中、ムーヒナは本来男性向けのトーマス・サルトを試みた。選手は後方に1回半ひねりをしながら540度回転し、頭を抱え込み前転しながら着地する。ムーヒナは脊椎を損傷し、その後は生涯車椅子生活を余儀なくされた。現在、前転しながらの着地を含む技は全て禁止されている(男子プログラムも同様)。

プロドゥノワ・ジャンプ

 2000年の五輪金メダリスト、エレーナ・プロドゥノワにちなむ、跳馬の技名である。選手は跳馬に向かって飛び上がり、手で跳馬から弾みをつけて、前方に2回転半を行って着地する。プロドゥノワはこの技を8年かけて磨いたが、彼女のコーチさえ、成功するとは思っていなかった。しかし1999年、彼女は夏のユニバーシアードでこの技を完璧に成功させた。

 この技は禁止されていないが、成功例は5人の女子選手のみである。

シャポシュニコワの飛び移り

 低棒から高棒に、姿勢を維持したまま手で飛び移る技。2度のオリンピック金メダルに輝いたナタリヤ・シャポシュニコワの名が付いたこの技は禁止されていないため、現在でも最高レベルの大会でたびたび披露されている。段違い平行棒では最も難しい技の1つとされている。

ムスタフィナの平行棒からの着地

 オリンピック金メダル2回、世界選手権金メダルを3回獲得したアリーヤ・ムスタフィナは2つの新技を考案して実現させた。その1つが、段違い平行棒からの後方2回宙返りに540度の回転を加えた着地である。

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